今回はARやVRに関連する化学メーカーを解説します。
Apple Vision Proが発売され、今後の市場拡大が期待されるXRデバイスですが、実は化学メーカーの素材が用いられています。
デバイス市場の拡大をとらえる企業はどこなのか、解説していきます。
AR、VRとは
まずは、ARやVRについて簡単に説明します。
それぞれAR(拡張現実)、VR(仮想現実)と呼ばれ、いずれも現実世界に仮想空間を作り出す技術ですが、
ARでは現実世界にデジタル空間を拡張するのに対して、VRは現実から切り離された仮想空間へ飛び込む、といった違いがあります。
現実世界にポケモンが現れればAR、ポケモンの世界に入り込んだらVR、ということですね。
そして最近では、ARとVRの両面から現実と仮想空間の融合した、MR(複合現実)として展開されつつあり、
これら現実世界とデジタルの仮想空間を融合する先端技術を総称して、XRと呼ばれますね。
さて、この現実世界と仮想空間をつなぐデバイス、NARUTOでいうところの、ある種の写輪眼にあたるものが、
スマートグラスやヘッドマウントディスプレイ(HMD)であり、
これがスマホを超えた成長が期待されている、次世代デバイスにあたるわけですね。
従来の二次元ディスプレーから、映像が三次元空間に映し出される点は、FPDが産業化して50年来の技術革新と言え、
実際にXRデバイスとして、Apple Vision Proが発売されるなど、課題であったコンテンツや利便性の向上にも期待がかかります。
ただそんな期待をよそに、Vision Proで一番衝撃的だったのはその価格。日本円ではおよそ60万円でした。
これはポリエチレンなら3トン分くらい、研究用の8インチウエハーでも50枚くらいは買えてしまいます。
こうしたXRデバイスはまだ発展段階なので、仕方のない部分もあるかと思いますが、
重い、高い、酔いやすいの三拍子が指摘されるなかで、主な提供価値は感動体験に収まるため、
60万円も使うなら実際に世界旅行でもした方が良いだろう、ともっぱらうちの奥さんにささやかれています。
バーチャルボーイを思わせる風貌も、なんとなくその将来性に不安を煽るところですが、
実際のところXRデバイスの成長ポテンシャルは、青天井のようです。
というのも、当面のARおよびVRデバイス市場は法人向けのバーチャルイベント、また製造やインフラ、建築業での作業支援がメインではあるものの、
将来的にはゲームのようなエンタメはもちろん、ショッピングや観光、教育やトレーニングなど、個人消費市場の立ち上がりが想定されます。
矢野経済研究所がまとめでは、XRデバイスの出荷台数は2025年には22年比で2.7倍、
富士キメラ総研の調査によると、2030年の世界市場は21年比でなんと12倍の7兆円に拡大するとされています。
関連するメタバース市場なども加えるとこの比ではありませんが、
デバイスが10年で10倍以上に拡大するというのは、まさにスマートフォン市場を彷彿とさせ、
2030年には、人々はスタバでApple Vision Proをつけている、プールみたいな状況になるのかもしれませんね。
化学メーカーとどう関係するの
そんなわけで今後が楽しみなXRデバイスですが、その普及にはまだまだ改善の余地があり、
例えばよりリアルな視覚情報や、デバイスの小型化をはじめとする快適性の向上などが挙げられます。
こういった視覚や小型化にかかわる部分として光学系が挙げられ、ここには化学メーカーの素材も使用されているのです。
ようやく化学メーカーの話ということにはなるのですが、例えばApple Vision Proのサプライヤーリストなどをみてみると、
三菱ガス化学の光学樹脂が使用されている可能性があると指摘されています。
おっしゃ、三菱ガス化学の株買ってくるわ!ほな!という素直で決断力の塊な方ももう少し見ていただきたいのですが、
この光学樹脂に関しては、日本の化学メーカーが強みを持つ分野でもあります。
じゃあ光学樹脂ってなんやねん、光るんか、という話ですが、
これはガラスのように透明なポリマー、いわゆるプラスチックです。
光学ポリマーは光を透過させるだけでなく、光をうまく曲げるなどして伝播を制御する光学技術分野に用いられ、
ガラスと比べると軽量で加工性に優れることなどから、最近ではメガネやスマホのカメラレンズでの使用も増えています。
みなさまもお手持ちのスマホを切断すれば、実物を見て取ることもできると思いますが、
最近の高画質なスマホには、なんと7~8枚程度のポリマーレンズが用いられています。
素材としては、アクリル、ポリカ―ボネート、オレフィン系などが挙げられるのですが、
ではそんな光学樹脂を手掛けているメーカーはどこか。
三菱ガス化学はアクリルやポリカ系を手掛け、特殊ポリカーボネートはスマホレンズで採用を拡大中、
日本ゼオンはCOPというオレフィン系を得意とし、ディスプレーの位相差フィルムに用いられるCOPフィルムでは独壇場、
またメガネレンズ向けに強い三井化学はチオウレタン系やCOCなどなど、各社強みを持つ材料をラインナップしています。
光学樹脂は単に透明であれば良いというものではなく、屈折率やアッベ数(波長による屈折率の変化)といった樹脂特性、
ほかにも加工性の良さや防飽和吸水率(防湿性)といった性能も求められます。
なおコストでいえば安いのはアクリル系となるのですが、飽和吸水率が大きい点などが課題であり、
その点オレフィン系は飽和吸水率はほぼゼロではあるものの、コストが高くなります。
また屈折率に関しては、高いほどレンズが薄くなり、軽量化や小型化にメリットがあるのですが、
屈折率はLorentz-Lorenzsの式によると、単位面積当たりの分子量を増やす、つまりは密度を上げるか分極率を増やす分子設計が求められ、
これについては共役系を伸ばしたり、またヘテロ元素の導入なども考えられますが、
結局のところ加工性や透明性、対候性などさまざまな要素との兼ね合いがあるため、単純に屈折率だけを高くすることが難しく、
この辺りのバランスは研究者から、需要家となるデバイスメーカーらまでもが頭を抱える部分でもありますね。
HMD端末に用いられる光学樹脂
さて、光学分野では様々なポリマーが使われているという話でしたが、当然XRデバイスにも光学樹脂が欠かせません。
ではXRデバイスが普及した場合、市場拡大をとらえるのはどの企業なのでしょうか。
これについては、HMDやスマートグラスといったデバイスによって使われる材料が変わってきます。
まずHMDから解説しますが、これはApple Vison Proのような頭に装着するゴーグル型のあれです。
HMDはその重さや形状などから、屋内での使用が中心と想定されており、
没入感の高さから、メタバース空間への利用といったVR用途の主流となっています。
そんなHMDで採用が増加している、パンケーキレンズという美味しそうなレンズがあるのですが、
このパンケーキレンズ向けには、三菱ガス化学の特殊アクリル樹脂の採用が進んでいるようです。
パンケーキレンズは複数のレンズ間で光を反射させることで、デバイスの小型化が可能となるのですが、
レンズに用いられるポリマーには、低複屈折(光の乱れにくさ)や寸法安定性への要求が強まっています。
その点三菱ガス化学の特殊アクリル樹脂は超低複屈折(光がめっちゃ乱れにくい)で、アクリルの弱点であった吸湿性は機能性膜により補強しているようですね。
またパンケーキレンズ以外にもHMDでは、外部環境を把握するためにカメラセンサーが必要となるのですが、
この部分ではスマホのカメラレンズと同じような技術が用いられ、こちらも三菱ガス化学は得意のポリカ系で強みを発揮するとみられます。
三菱ガス化学はこういった光学材料で二桁成長を掲げており、半導体材料と共に成長ドライバーとするとしていますね。
ただVR分野はホログラムレンズなど新機軸のレンズタイプが提案されるなど、技術革新が急速に進んでいますので、
昨今のコンテンツ寿命のごとく、めまぐるしくトレンドが変わっていく可能性にも留意が必要ですね。
最後にほかメーカーに関していえば、旭化成も複屈折性がほぼゼロの透明樹脂AZPをVRデバイス向けに開発しています。
旭化成は素材だけでなく、子会社の旭化成エレクトロニクスで電子部品も手掛けている点が特徴で、
XR分野向けでは指輪型コントローラーやカメラのブレ補正技術などもユニークな提案もしているようですね。
スマートグラス向け素材
ここまではHMDに用いられる光学材料について解説してきましたが、続いてはARグラスに用いられる材料について。
この辺りでは、三井化学や三菱ケミカル、また日東電工らも注力しています。
ARグラスは、名前の通り現実空間に仮想空間を重ね合わせるAR向けのデバイスで、具体的にはXREALシリーズ、イメージでいえばコナン君の犯人追跡メガネになります。
現状はメタバース市場向けにHMDが先行しており、作業支援といった事業者向けがメインのARデバイスは出遅れているものの、富士キメラの調査では、個人消費の立ち上がりから2030年にはARデバイス市場がVRデバイスを上回る予想のようです。
こういったARグラス向け材料として、三井化学は導光板向けにウレタン系の樹脂ウエハーを公表しています。
ARグラスではプロジェクターから出た光を眼前に導く必要があるのですが、この光を目に取り込むために用いられるのが導光板です。
三井化学は高い屈折率と平坦性を兼ね備えたウレタン樹脂ウエハーを開発したとしており、三井化学が世界的に高いシェアをもつ、メガネレンズで培った光学技術を活かしているようです。
またAR分野に関して、新興企業へ投資する動きもみられます。
例えば三菱ケミカルGはAR向けレンズ開発を手掛ける米デジレンズへ出資しており、日東電工も同様にARグラス開発企業である英TLOの株式の一部を取得しています。
社会潮流の変化が加速する中で、こうした外部連携によるシナジー創出も欠かせなくなっており、スタートアップの保有する技術を、自社素材や経営資源を活かして支援し、事業化を目指す狙いのようです。
AR分野に限らず、三菱ケミカルGような化学大手では、CVCを活用した新興企業への投資が活発化しており、大型事業の創出を狙った外部連携にも、注視していきたいですね。
最後に
以上が、化学メーカーとXRデバイスに関してでした。
光学系を中心に解説しましたが、東洋合成はナノインプリント技術を活用した事業展開を進めています。
ナノインプリントは、微細な型をスタンプのように押し付けてパターンを形成する技術で、原理的には縄目で模様をつける、縄文土器と同じと言えるかもしれません。
ナノレベルのパターンを一括して、低コストで作成できる点が利点とされていますが、このナノインプリント技術の、ARグラスへの活用が見込まれているのです。
というのも、ARグラスでは、導光版を通して光を目に伝搬させるという話をしましたが、眼球の近くでは、伝搬した光をなんやかんやで取り出して投影する必要があります。
回折方式と呼ばれるARグラスでは、レンズの表面に凹凸のパターンを形成し画像を取り出しているのですが、このパターンを形成するために、ナノインプリントが活用されているのです。
東洋合成は半導体関連銘柄としてご存じの方もおられるかと思いますが、実はナノインプリント分野に関してもパイオニア的存在、トップシェアの半導体材料である感光材で培った、光コントロール技術も活かされているようです。
このナノインプリントは面白い技術ではあったものの、当初期待された半導体のパターン形成では課題もあり、半導体向けでは花開かずにいたそうです。
お蔵入りになるかとも思われたナノインプリントですが、ARグラスの登場が転機となりました。
というのも、AR特有の斜め方向のパターンを形成するのに、ナノインプリントが効果的だったようで、東洋合成では引き合いも増えており、本格事業化に向けた移行段階に差し掛かっているとしています。
XRのような新たなムーブメントの登場は、埋没した技術が脚光を浴びる機会ともなり得るため、その動向には注視していきたいですね。