三菱ケミカルグループの成長戦略が公表されました。
コア営業利益が2029年には5700億円、2035年にはなんと9000億円。
5年ごとに2倍になるような強気も強気な目標で、王者信越化学に並ぶ勢いです。
ただその内容は賛否両論、地に足の着いた計画だととらえる人もいれば、
具体的な実効策がみえず、絵にかいた餅だという声も聞こえてきます。
私の結論はこの1-2年が勝負かと思うのですが、どうしてそう思ったのか、解説していきます。
三菱ケミカル
早速、三菱ケミカルグループが公表した新たな長期ビジョン「KAITEKI Vision 35」と、
それを実現するための「中期経営計画 2029」を解説していきます。
長期ビジョンは10年後のありたい姿を示したもので、
登山でいえばどの山に登るか、実験でいえば目的化合物を決めると言う話ですね。
対して中期経営計画は、向こうの5年間で具体的に何をするのか、
中長期の株式投資家であれば、こちらの方が重要かもしれません。
ということで本動画では、前半に長期ビジョン、後半に中計の中身を解説していきます。
長期ビジョン
で、まずは長期ビジョン「KAITEKI Vision 35」について。
ここがイケてないと道を誤ることになるのですが、内容はかなり賛否両論です。
そのポイントは、グリーンとつなぐ。
分かりやすく言えば、環境問題をはじめ社会課題の解決を通じて収益性の向上を目指しており、
三菱ケミカルグループが持つ多様な事業をつなぐことで、ソリューションを創出。
ケミカル事業が牽引する形で、2029年にはコア営業利益で5700億円、2035年にはなんと9000億円を稼ぐ、
地球も投資家もニッコリな、グリーンスペシャリティ企業になる、というものです。
もうこれは、勇者が仲間と協力して巨悪の根源を倒し、お姫様と結ばれて幸せに暮らす、くらいの王道展開ですね。
おいおいおいごりお、ケミカル、しかもグリーンでそんなに稼げるんかいな。
てか事業をつなぐということは、選択と集中でスリム化の方針ではないんか?
皆が気になっている石化や炭素、ファーマ事業はどうなってるんや。
と、お思いのことと存じます。私もそう思いました。
順に解説していくと、新しい長期ビジョンでは、次の5つの注力事業領域にフォーカスしています。
モビリティ、半導体関連、食、ヘルスケアなど三菱ケミカルグループが得意とする分野に注力し、
なかでも最も重要としたのが、土台となるグリーン・ケミカルの安定供給基盤。
具体的にはeメタノールやケミカルリサイクルなどを活用した、環境に優しい化学品が挙げられますね。
三菱ケミカルグループとしては、こういったグリーンケミカルがないと今後は事業が成り立たないと考えており、
2035年にはグリーンケミカル基盤の構築により、グリーン・スペシャリティ企業に変革し、
化学産業のグリーン化をグローバルにリードする狙いのようです。
ただ、これが一つ目の賛否両論ポイント。
確かに総合化学メーカーとして、石油化学の一貫体制を活かしていくのに、
川上のグリーントランスフォーメーションによる競争力の向上は頷けます。
ただそのためには投資も欠かせず、グリーンケミカルはコストアップから逃れがたいのも事実。
特に三井化学がやってるバイオナフサなんかは入手が困難、ナフサのフェラーリなんて言われているそうです。
つまり事業として成立させるには、グリーンケミカルの付加価値が社会に認められる必要があり、
もしその付加価値が社会的に認められない場合、コストは会社の負担、
むしろグリーンケミカルが経営の負担になってしまうのです。
将来的には炭素税や国の支援があるとは思いますが、現状では持続可能な成長と収益確保が不透明、
化学メーカーにとっては、チャンスでもありピンチにもなり得る状況と感じています。
ゆえにグリーンケミカルは企業ビジョンとしての意義はあるものの、
株式市場での評価はまだ難しいと思うのですが、みなさまはどう考えますでしょうか。
つなぐ
長期ビジョンのもう一つの方針が、つなぐ。
平たく言えば、幅広い技術やリソースを組み合わせることで、ソリューションを提供するというものですが、
これが二つ目の賛否両論ポイントです。
というのも三菱ケミカルグループは、これまで拡大路線のM&Aで事業を増やしてきたため、
一つのグループとしてもえげつない事業範囲やリソースを有しています。
三菱ケミカルグループは、こうした引き出しの多さを強みと捉えているものの、
それらが上手くつながらないのが課題と考えているようです。
野球でいえば、バッターはいいけど打線が上手くつながらない状況でしょうか。
なので打線が上手くつながるような、チームプレーができるシステムを構築することでシナジーを創出、
強みを最大化して利益をあげていこう、というような趣旨です。
つまりは総合力で戦うという話ですが、やはり問題もあります。
というのも、いろんな会社の合併でできたがゆえに、組織が複雑で責任の所在が不明瞭になったり、
また管理部門が重複するなどコスト構造にも問題が指摘されています。
ゆえに、ギルソン前社長のようなスリム化狙った大ナタを振るう改革を期待していた人がいたのも事実で、
少し当てが外れた部分もあったのかもしれません。
中期経営計画2029
続いて後半では、中期経営計画2029を解説します。
具体的に5年間で何を目指すか、と言う話ですが、端的に言えばケミカルのテコ入れでしょうか。
まず数値目標から見てみると、24年から29年に向けて、
コア営業利益を2900億円から5700億円、利益率は6から12パーセント、
ROICも5から8パーセントと、割と力強い目標を示しています。
どうやって達成するの、と言う話ですが、これはケミカルズが牽引する見通しです。
中身をみてみますと、足元では赤字の石化・炭素事業を大幅な黒字転換、
さらにスペシャリティマテリアルズは340億円から1440億円の大幅増益、
結果、ケミカルズ全体で年平均成長率33%と、市場平均度外視のとんでもない伸びを予想しています。
年平均成長率33%と言うのは、乳児の身長でしか見たことのない値ですが、いったいどういうからくりなのか。
そもそも三菱ケミカルグループの課題は、本業のケミカルで稼げていない、というところにありました。
これまでの利益推移を見ても、ケミカルズは風が吹けば大儲けするものの、
足元では利益貢献は少なく、儲けのほとんどはグループ会社の医薬と産業ガスで賄っている状況だったのです。
ゆえに全体として売上も利益も伸びていないのですが、なぜこのような事態に陥っているのか。
築元社長は、規律がなかったからだ。と断言しています。
つまりは事業選別や運営に関する原則がなかった、あっても守れていなかった。ということで、
予算や計画を立てずに、野生の勘で投資判断する、私のような状況だったわけですね。
そんなんでは損切も利益の最大化もできませんよ、ということで、
新中計では事業の選別や運営に関する基準や原則を設けています。
この基準に基づき、売上収益で4000億円に相当するノンコア事業の整理・売却を進め、
さらに規律ある事業運営から、価格戦略や投資効果、コスト削減により、コア営業利益で1500億円の増益効果があるようです。
そして必要なところにはお金を出すということで、スペシャリティには積極的な成長投資を行います。
つまりは贅肉をそいで筋トレをしましょう、というような当たり前な話ではあるのですが、
三菱ケミカルグループは、規律のある事業運営で改革・撤退・売却と事業を整理し、
適切に正しいところへお金をかけるだけでも利益は出てくるとしています。
ただあえて辛口なことを言えば、こういった事業整理はこれまでも似たような話がありました。
例えばギルソン前社長も、脱炭素に合致しない事業は改革を進める、としてきましたが、
選択と集中は十分に進ます、今に至っていると言うことになります。
やはりあまりにも巨大なグループなので、改革も一筋縄ではいかないところがあると思います。
そうはいっても、競合の住友化学や旭化成、レゾナックらはかなり思い切った改革を進めていますし、
変化のスピードがぐんぐん速くなる時代では、悠長にしているとあっという間にゆでガエルです。
このまま規律が生まれず、これまでの延長線上をたどるのか、
それとも新しい姿を見せてくれるのか、
どのような結果を示してくれるか、経営陣の手腕に注目しましょう。
総評
最後に、ファーマと西日本の石化事業について。
西日本の石化事業における三井化学、旭化成との共同事業体については、特に追加の情報はありませんでした。
ただファーマについては、パートナーを探す方針としています。
やはり製薬子会社の田辺三菱製薬に巨額の資金を投じる余力はなく、
田辺三菱製薬の将来を考えると、パートナーを探す方が良い、と言う判断のようですね。
住友化学もそうですが、化学メーカーの製薬ビジネスは分岐点にきていますね。