住友化学は2021年度で2019年から掲げてきた中期経営計画が終わりを迎え、2024年に向けた新たな中期経営計画を策定しています。
新中計ではカーボンニュートラルやDXなどにより加速度的に変化する市場を捉えた成長を掲げていますが、実は住友化学には、数年以内に利益が大きく落ち込むある危機を抱えているのです。
今回は住友化学の新中期経営計画を読み解きたいと思います。
住友化学について
まず住友化学の概要について解説します。
住友化学は住友グループの総合化学メーカーであり、白水会にも所属する住友系の中核企業の一つです。
住友グループに多いですが、住友化学は大阪にも本社をおいています。
化学メーカーとしては国内で三菱ケミカルHDにつぐ2番目の規模を有しており、別子銅山における煙害問題の防止を目的に設立された住友肥料製造所を前身としています。
住友肥料製造所は亜硫酸ガスから肥料である過燐酸石灰を生産することで煙害を防止できただけでなく、農家に安い肥料を提供することが可能になり、農業の発展にも貢献してきました。
この歴史に象徴されるように、住友化学では「自利利他 公私一如」という言葉が受け継がれており、これは自身の利益のみでは無く、国や社会も含めた公益との調和を重んじる精神を重要視しているのです。
住友化学は時代とともに成長し、肥料化学を祖業としながら、農薬、石油化学、医薬と事業を広げて、現在は5つの部門を有しています。
これら5部門の売上をみてみましょう。
それぞれの部門が5000億円前後稼いでおり非常にバランスが良いですが、利益面では石油化学がコロナ禍で赤字となっており、対して電子材料や医薬が頭一つ抜けて稼いでいます。
住友化学の電子材料は半導体の製造に用いられるフォトレジストなどに強みを持っており、医薬品では年間2000億円を売り上げるラツーダが利益を大きく牽引しています。
24年度の売上目標
住友化学の新中期経営計画のスローガンは前中計据え置きのChange and Innovationに加えて、“with the power of Chemistry”が加わっています。
この“power”には住友化学の強みをもって、変容する社会課題の解決に貢献するという思いが込められているようで、住友化学は取り組むべき社会課題として環境、ヘルスケア、食糧にICTの4つを挙げています。
近年世界的な環境意識の高まりからカーボンニュートラルによるGXが厳しく問われるようになっていますが、住友化学としては自社の強みである農薬や医薬、さらには電子材料の技術も駆使することで、カーボンニュートラルだけでなく、生態系保全や健康促進も含む幅広いGXへ貢献していくとしています。
このように変容する社会を成長機会と捉え、住友化学の技術やネットワークを活かし新中期経営計画では2024年に過去最高となる売上3兆円、営業利益3000億円を目指す計画です。
そして各部門にこのような目標を打ち出しています。
まず石油化学について、2024年に540億円の営業利益を掲げています。
2021年はコロナ禍で赤字だったものの、2022年は世界経済の回復からすでに640億円の大幅増益を見込んでいます。
これはかなりのバフを受けた状態でしたが、2024年も新しいビジネスモデルによる収益安定化から540億円程度の利益を見込んでいます。
他の事業についても情報電子化学や農薬関連を中心に大きく伸ばしていく方針のようですが、対して医薬品は大きく変わらず、700億円程度に据え置いています。
実はここに今回の新中期経営計画の肝があり、住友化学には変容する社会よりも恐ろしい、大きな崖が迫っているのです。
ラツーダクリフ
住友化学が直面する大きな壁は、ラツーダクリフと呼ばれています。
ラツーダは先ほども少し触れましたが、住友化学の主力医薬品である統合失調症治療剤です。
一般に売上が1000億円を超えるような薬剤はブロックバスターと呼ばれるのですが、ラツーダは北米を中心に2000億円近くを売り上げ、傘下である住友ファーマの売上の4割をも占めるブロックバスターなのです。
しかし主力であるラツーダの米国での独占販売期間が23年に終了するため、そのほとんどの収益を失うとみられています。
したがって新中計でも、23年に収益は減少すると予想しており、これがラツーダクリフなのです。
住友化学は2000億円を売り上げるラツーダに変わる、新たなブロックバスターが必要なのですが、特許切れの崖を乗り越えるための新剤はまだ確立できておらず、苦しい局面に立たされています。
しかし住友化学は、中計の最終年には過去最高益の3000億円のV字回復を掲げており、その成長の道筋を新中計に記しているのです。
その内容を読み取っていきましょう。
ラツーダクリフからの収益回復
投資利益の刈り取り
新中計において、ラツーダクリフからの収益回復には二つの要素が見て取れます。
その一つ目は、前中計における投資効果の刈り取りです。
ラツーダの特許切れについては、2019年に策定した前中計においてもすでに課題となっており、住友化学としてもラツーダに代わる収益源を確立すべく農薬や医薬に積極投資をしてきました。
農薬には1000億円、医薬品にはなんと3600億円と、戦略投資費6000億円の大半をつぎ込んでおり医薬品と農薬を中心に大型買収を実行してきました。
こうした投資の効果が現れるには時間がかかるため、前中計での医薬や農薬への大型投資もまだ利益に繋がっていませんが、新中計において成果が得られ始めるとしています。
例えば医薬品では大型提携により前立腺がんなど3剤を獲得、2021年に上市しており2022年以降ファイザーとの提携も行いながらラツーダの穴を埋めるべく利益を最大化していきます。
医薬品についてはこれら3剤がどこまで成長するかが鍵となりますね。
また農薬関係の成長にも期待しており、2024年に1000億円程度の増収を見込んでいます。
前中計において南米やインドの農薬事業を買収することで自社基盤を強化しグローバルな展開を進めており、農薬市場の大きなブラジルやインドで売上を伸ばす目論見のようです。
とはいえ農薬は世界大手の再編が進んでおり、住友化学はやや小ぶりな位置付けとなっています。
しかし住友化学もバイオラショナルと呼ばれる天然由来の成分を使用した微生物農薬などに強みを持っており、得意とする環境負荷の低い農薬に特化することでグローバルに独自の地位を固めるものとみられます。
市場の拡大も予測され、バイオラショナル事業も買収含め500億円を超える増益を掲げています。
新中計での事業成長
こうした前中計での医薬・農薬分野での大型投資における利益刈り取りがラツーダクリフからの収益回復の一手ですが、収益回復にはもう一つの手があり、それが新中計における事業成長です。
新中計でも前中計同様に積極的な投資を予定しており、その額は7500億円にも上ります。
しかしその内訳は前中計と異なっており、エッセンシャル(石油化学)や高機能材の比率が増えています。
投資の内訳は下記のようになり、農薬や医薬の他にも石油化学の環境負荷低減、EV社会にむけた電池材料、成長する半導体材料など幅広く強化する予定です。
前中計では農薬・医薬のテコ入れで機能材が手薄になったため、新中計では機能材を拡充させる背景があります。
特に急激に成長している電子材料ではタイムリーな投資が不可欠であり住友化学の扱うフォトレジストにも積極的な投資を行うようです。
フォトレジストは半導体の製造で使用される化学製品ですが、その世界市場は日本のメーカー5社で9割を占め、住友化学もその一角を占めています。
レジストのボリュームゾーンであり、住友化学の得意とするArFレジストはなんと生産能力を2.5倍まで増強し最先端のEUVレジストについても評価用の新棟へ投資し、他社を追い上げます。
このフォトレジストの激戦区から抜け出せるかで収益も大きく変わってきそうですね。
また新中計では機能材だけでなく、エッセンシャル、石油化学部門への投資も強化しています。
エッセンシャルは新中計で掲げるGX達成に向けて循環経済を意識した事業への構造改革を行うようで、製造プロセスの合理化や再エネの導入などにより、温室効果ガスの排出量削減を責務とするだけでなく、ケミカルリサイクル、水素製造などにより脱炭素に貢献する体質へ転換していくものとしています。
こうした環境負荷を低減する技術の需要今後も高まると推測されるだけでなく、地球環境を意識したESG経営は投資家からも評価されるようになっているため、企業価値の向上も期待されます。
技術の確立を待ちましょう。