ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中で、各国による経済制裁や企業の撤退などが相次いでいますが、戦争による苦難や人道的被害だけでなく、世界経済の減速やインフレ加速も懸念されているのです。
その影響は日本の化学業界へもじわじわ広がっており、私たちの生活にも波及していくとみられています。
今回は化学業界への影響についてまとめました。
ロシアからの供給不安
まず挙げられるのがエネルギー・資源価格の高騰です。
ロシアは資源大国であり、原油の生産量は世界3位、天然ガスは世界2位の生産量を誇ります。
特に天然ガスは世界最大の埋蔵量を有し、ヨーロッパ諸国へはパイプラインを通じて輸出され、欧州の天然ガス消費量のうち3割程度はロシアからの輸入に頼っているのです。
これらエネルギー資源の供給不安から原油価格が高騰し、WTI原油先物相場は一時116ドルをつけており、これは石油需要の急増や中東地域の地政学的リスクで歴史的に高騰した2008年以来の高値です。
化学業界において、このようなエネルギー資源の調達難で影響を受けるのが、自家発電用の燃料です。
実は大規模な化学プラントを有する企業は、自家発電用として火力発電設備を保有していることが多いのです。
三菱ケミカルや三井化学は、自社工場の燃料としてロシア産の石炭を使用していたため、現在でも適正在庫は抱えているとしていますが、BCPの観点から他国産の調達も進めているようです。
今後欧州が代替燃料として石炭を使用するようになれば、奪い合いに発展する可能性もあります。
またエネルギー以外にも、化学品の生産への影響も免れません。
原油からは化学品の原料となるナフサも得られるのですが、欧州ではロシア産のナフサを使用していたため、ナフサ価格が3割程度上昇、サプライチェーンの脆弱性があらわになっています。
さらにその影響は日本にも波及するとの見方もあります。
日本はナフサの多くを中東から輸入しているため直接的な影響は少ないのですが、欧州で化学品の輸入制限が長期化すると、市況の上昇がアジア太平洋地域にも影響するのです。
実際に中東は値上がりしている欧州への輸出を強める方針を打ち出しており、ロシア産ナフサへの依存度が高い韓国の代替需要も重なれば、結果的にアジアでの需給はひっ迫する見通しとなっています。
インフレ懸念も
このような供給不安は、コロナ禍で高騰している石化製品市況をさらに押し上げることになります。
インフレ圧力がより強まり、最終製品へ価格転嫁が進めば物価が急激に上昇する可能性もあるのです。
景気の拡大を伴った国民の所得が増加している中でのインフレであれば良いのですが、現状では不況下にも関わらず物価が上昇する、スタグフレーションへ突入する公算が高くなります。
このような悪いインフレに陥らないよう、トリガー条項といったガソリン減税などが検討されており、この辺りは政府の政策に期待したいところですね。
ウクライナからの供給不安も
またロシアだけでなく、ウクライナからの供給も懸念されています。
ウクライナはネオンやアルゴンといった希ガスの製造で主要国であり、中でもネオンは半導体のリソグラフィー工程で用いられ、ウクライナが世界の70%を供給していました。
しかし3月11日にはウクライナでネオンを製造する2社が操業を停止しています。
各メーカーも在庫を抱えているので短期的には問題ないようですが、今後半導体製造に影響が出れば、半導体材料を供給する化学企業にも影響は免れません。
なお希ガスは空気分離の副産物として得られるのですが、濃度の低い希ガスの商業生産には大型の設備が求められます。
ウクライナは旧ソ連時代のレーザー開発で作られた設備を使用し、生産を行なっているようです。
またウクライナはひまわりが有名ですが、これは別に観賞用というわけではなく、ひまわり油として主に食用油に使用され、実は植物油の中でも菜種油に次ぐ4番目の生産量があります。
ウクライナは世界一のひまわり油生産国でしたが、黒海に面したオデッサの港閉鎖で輸出が滞り、ひまわり油から他の植物油への代替需要が発生しています。
その結果もともと高騰していたパーム油や大豆油などの先物取引は過去最高値を更新しています。
こうした植物油は洗剤などをはじめとする油脂化学製品の原料となるのですが、すでに花王は原油や植物油、パルプ等の高騰を受け、紙おむつの値上げを発表しています。
石化資源の高騰と合わせて、今後も日用品価格の値上げが想定されますね。
現地法人への影響
武田薬品やアステラス製薬はロシア、ウクライナに現地法人を有しているのですが、従業員と家族の安全確保や医薬品の安定供給への対応が求められています。
アステラス製薬では現地法人を閉鎖し、社員を自宅待機とし安全確認を続けているようです。
なお医薬品のサプライチェーンについては両国から医薬品原薬の輸入は多くはありませんが、ロシアの飛行禁止による供給網の乱れや、船便をはじめとする輸送費の増加といった影響を受けると思われます。
他にもウクライナで進行中の臨床試験への影響などが懸念され医薬品開発に遅れなどが生じるかもしれません。
今回のウクライナ危機は、短期的な市況への影響だけでなくこうした科学技術の発展にも傷を残すかもしれませんね。