最近耳にするようになったマスバランス方式、みなさんご存知でしょうか。
実はこのマスバランス方式はこれから化学業界でも普及すると予想され、実際に三菱ケミカルや三井化学は、再生プラやバイオプラの生産にマスバランス方式の適用を検討しています。
本記事では、そんなマスバランス方式について解説します。
↓Youtubeでも解説していますので、動画が良い方はこちらもどうぞ!
マスバランス方式とは
このマスバランス方式ですが、ざっくり表現すると原材料が混合される際にその比率を最終製品に割り当てることを保証する制度となります。
文字だけだと分かりにくいかもしれませんが、実はマスバランス 方式は紙・パーム油など多様な業界ですでに適用されている制度なのです。
ここではパーム油の例を用いて、具体例を挙げながら説明したいと思います。
パーム油は油ヤシの果実から取れる植物油で、マーガリンやパン、洗剤に含まれる界面活性剤などの原料となります。
パーム油はインドネシアやマレーシアで生産されるのですが、実は無秩序な開発や劣悪な労働環境が問題となっているのです。
そこでパーム油の持続可能な生産を保証するために認証制度が設立されているのですが、これがマスバランス 方式と関わってきます。
パーム油の原料を生産する油ヤシ農園には、法的・経済的・環境的な基準を満たした認証農園と、そうではない非認証農園があります。
認証農園から出荷された油ヤシの果実は製油所などを経て認証パーム油に、非認証農園から出荷された油ヤシ果実は非認証のパーム油となります。
メーカーは認証パーム油を購入することで、持続可能なパーム油の生産に貢献することができるのです。
上図は、認証パーム油と非認証パーム油が別々の製油所で製造されるパターンです。
一方で、製油所や輸送業者で認証農園と非認証農園の油ヤシ果実が混合される場合もあります。
例えば、認証農園の油ヤシ100トンと、非認証農園の油ヤシ50トンからパーム油を作るとします。(下図)
製油所で混合されるため、出来上がるパーム油は認証農園と非認証農園の油ヤシ果実を両方含むことになります。
このパーム油は認証農園の油ヤシを使用していますが、同時に非認証農園の油ヤシを含むため、認証パーム油としてしまうと非認証農園の油ヤシも保証することになってしまいます。
そこで用いられるのがマスバランス方式です。
マスバランス方式では、原料に使用した認証農園の油ヤシ分(100トン)を認証パーム油として出荷することができます。
マスバランス方式で認証されたパーム油は非認証の油ヤシも含みますが、認証農園原料の比率が保証されることで、 購入するメーカーは認認証農園を支援することができます。
このように使用した認証原料の比率に応じて、認証製品の割合も担保する仕組みがマスバランス方式となります。
使用した原料分の認証が保証されます。
化学業界におけるマスバランス方式について
では化学業界におけるマスバランス方式とはどのようなものでしょうか。三井化学の例を用いて解説します。
三井化学は、ナフサクラッカーにバイオマスナフサの投入を検討しています。
ナフサクラッカーとは、原油を分離精製して得られるナフサを熱分解し、エチレン等の基礎化学品を生成する装置です。
三井化学はナフサの代わりに、一部だけ植物油廃棄物などから得られるバイオマスナフサを用いることで、植物由来の基礎化学品を生産しようとしています。
大元の材料である基礎化学品が植物由来となるため、これまで石化資源からの脱却が難しかった幅広い製品を植物から作ることができるようになります。
詳細は下記記事にまとめていますので、こちらをご参照ください。
(大手総合化学メーカー3社のケミカルリサイクル)
例えば、通常のナフサの代わりにバイオマスナフサを50%使用して基礎化学品を製造したとします。(下図)
ここでは分かりやすく、混合ナフサ100トンから基礎化学品であるエチレンとベンゼンが50トンずつ取れたとします。
原料に石油由来のナフサと植物由来のバイオマスナフサを使用するため、出来上がる基礎化学品は石油と植物由来の混合品です。
しかし、マスバランス方式ではバイオマス比率(植物由来原料の比率)を任意で割り当てることができるようになります。
上の例のように原料に5割バイオマス成分を使用すれば、5割の製品を100%バイオマスプラスチックとみなすこともできるわけです。
なぜ任意で割り当てる必要があるのかという話ですが、ナフサクラッカーの特性やユーザーのニーズの多様化などが背景にあります。
実際ナフサクラッカーから得られる基礎化学品はもっとたくさんあり、そして特定の製品だけを作ることが難しい側面もあります。
一方で市場のユーザーのニーズは様々です。植物由来の基礎化学品が欲しいユーザーとそうでないユーザー、植物由来のエチレンは欲しいけど植物由来のベンゼンはいらないなど、個別のニーズに沿った商品を提供することが求められます。
そこでマスバランス方式を適用することで、ユーザーのニーズに沿った製品を提供することができるようになるのです。
三菱ケミカルは再生プラスチックの生産にマスバランス方式の導入を検討しています。
マスバランス方式のメリットは?
マスバランス方式を採用したバイオマス製品は、既存の石油由来品の一部をバイオマス原料に置き換えただけのため、基本的な性能は既存の石油由来プラスチックと同じになります。
そのため、ユーザーは既存の加工ラインで最終製品を製造することが出来きます。
生産者側も、新たに設備を投資することなく、既存の装置にて生産できる点も大きなメリットです。
また、いきなり100%植物由来プラスチックを作るには技術的なハードルが高すぎるという問題もあります。
マスバランス方式を採用すると、バイオマス比率を徐々に上げれば良いため、技術が進歩しやすいという利点もあります。
製造側もユーザー側もメリットが大きいのです。
外部機関による認証について
マスバランス方式で生産されたバイオマスプラスチックは、みかけのバイオマス比率と実際のバイオマス比率は異なることになります。
したがってマスバランス方式を用いる場合は、原料から成形、商品化に至るサプライチェーン全体を可視化し、第三者認証の監査を受けることが好ましいです。
三井化学は、 ISCC認証の取得を目指しているようです。
ISCC認証はEUのバイオマス燃料等の認証として既に広く認知されており、複雑な生産工程を持つサプライチェーンのバイオマス化を推進させるマスバランス方式(物質収支方式)の有効な認証制度になります。
便利なマスバランス方式ですが、比率を保証する制度の構築が求められるのです。
バイオマスプラスチックや再生プラスチックなどを始め、マスバランス 方式を用いた製品は今後増えると予想されます。