DICは2022年に新経営計画を公表しているのですが、実はその計画内で脱インキを明確にしているのです。
今回はなぜDICが売上の主力である印刷インクから脱却するのか、解説していきたいと思います。
DICとは
DICは1908年に創業した印刷インキを主力製品とするBtoBの川中化学メーカーであり、2008年から大日本インキ化学工業株式会社より社名を変更して今のDICとなっています。
2021年の売上は8554億円と1兆円に迫る勢いで、化学業界においては15位の規模を誇り、主力とする印刷インキではなんと世界首位、4分の1に近いシェアを誇っています。
そもそも印刷インキとはなんぞやという話ですが、これは名前の通り印刷に使われるインクのことで、書籍や新聞、パッケージなど私たちの身の回りの様々な印刷に使われています。
ちなみに車や建材に使われるものは塗料と呼ばれこちらは日本ペイントや関西ペイントが有名です。
DICの売上をセグメント別にみると印刷インキを手掛けるパッケージング&グラフィックスが半数を占め、残りは顔料や液晶材料などが該当するカラー&ディスプレイ、合成樹脂等のファンクショナルプロダクツとなっています。
祖業である印刷インキを売上の中心としながらも、関連材料である顔料や合成樹脂をベースに事業を転換していることがうかがえ、バランスの良い収益体制となっていますね。
そんなDICは2022年に2030年を見据えた新長期経営計画を公表しており、2030年には売上高1兆3000億円、営業利益も1200億円と1兆円越え企業を掲げているのです。
現在の売上が8500億円程度のため1.5倍程度の急成長となるのですが、いったいどのような成長戦略を描いているのでしょうか、経営計画で掲げる成長領域を見てみましょう。
成長領域にはヘルスケアやサステナブルエナジーとしており、出版用インキは見直しが必要としているのです。
DICが進める脱インキ
DICは長期経営計画において、印刷インキに依存しない体質への移行を目指しているのです。
いったいなぜ100年以上続けてきた印刷インキ事業からの脱却を図っているのでしょうか。
このような構造改革を進める背景には、二つの理由があります。
まず一つ目は印刷インキ市場が飽和してきている点です。
印刷インキは身の回りの様々なものに使われているのですが、その成長率は経済成長率と概ね同じと言われており、経済が成熟している先進国においては、昨今成長するヘルスケアや電子材料のような市場拡大は期待できません。
それどころかデジタル化の進展に伴い出版物や新聞市場は急激に縮小しており、出版用インキも出荷量は減少を余儀なくされているのです。
このように市場が成熟してきている印刷インキ分野においては売上の急成長は見込めず、利益率も振るいません。
二つ目の理由は、印刷インキがマクロ経済など外部影響に弱い点です。
DICは川上から原料を購入し印刷インキを製造、川下に位置する印刷会社へ販売することになるのですが、実はこの構図はマクロ経済に弱いのです。
というのも原料高になると川上企業が値上げするため、川中に位置するDICも価格転嫁を進めたいのですが、一般的に川下の印刷会社の方が力が強いことが多く、価格転嫁に遅れが生じやすいのです。
なお逆に原料安になると川上、末端のデフレ価格を強いられてしまう傾向もあり、結局両者から剥奪される仕組みとなっているため印刷インキの収益は経済の動きに左右されやすいのです。
実際に2019年は米中貿易摩擦、2020年以降もコロナ禍の影響を受けたため、売上や利益面で苦戦、前経営計画の目標値を下回る結果となってしまったのです。
このように印刷インキ市場は成長性と安定性にかけているため、DICは印刷インキ以外の事業を伸ばすことで大きく成長し、市況に依存しない安定した基盤を構築しようとしているのです。
今後の注力分野について
ではDICは今後どのような成長戦略を掲げているのでしょうか。
新経営計画において、DICは経営ビジョンを従来のColor & Comfort by Chemistry からChemistryを無くしたColor and comfort としており、化学にこだわらない事業成長を掲げています。
具体的にはグリーン、デジタル、QOL社会をターゲットに下記5つの重点領域を定めており、2025年までに2300億円のM&Aなどの戦略投資と700億円の基盤投資で計3000億円を投じる予定です。
その中でも次世代・成長事業としているのがサステナブルエナジーとヘルスケア領域であり、これら事業を中心に伸ばすことで、2030年に向けて営業利益における印刷インキの依存度を大きく下げようとしているのです。
まずサステナブルエナジー分野では、LiBをターゲットに電極材料やバインダー樹脂の事業化を急いでいます。
世界的な脱炭素化の潮流を受けてEVは今後も需要が増加していくとみられていますが、LiBの高容量化が課題であり、DICは得意とするナノ粒子の技術などを活かし新規参入を目指しています。
DICは2025年には新規事業で100億円の利益創出を目指しており、その多くをこの事業で稼ぐとしています。
続いてヘルスケア分野ですが、これはDICが得意とする微細藻類を応用したものとなります。
DICはスピルリナと呼ばれる藻類から抽出した青色の色素なども手がけていたのですが、このような微細藻類から得られるアミノ酸などを機能性食品や化粧品素材として展開していくものとみられます。
DICはバイオベンチャーなどへ積極的に出資しており、今後はコアとなる事業を買収で取り込む可能性もあるとし、高まる健康志向や天然由来成分の需要を背景に新たな事業の柱を創出しようとしているのです。
既存事業も転換
また新規事業だけでなく、既存事業の転換も進めています。
主力の印刷インキについては斜陽の出版用インキから安定成長の見込めるパッケージ用へと転換し、接着剤やフィルムといったパッケージ材をトータルで扱うなど、モノからソリューションを扱うビジネスへ転換しています。
会社として印刷インキの依存度は下げるものの、今後もDICの中核事業として安定成長を目指しています。
なお合成樹脂事業も戦略を大きく転換させており、デジタルやサステナブルを意識したスマートリビング領域に焦点を当て、基盤・封止剤用エポキシ樹脂、フォトレジスト用樹脂といった電子材料分野や海外で成長が見込まれる自動車塗料用樹脂を中心とするポートフォリオへの転換を図っています。
一方で汎用品については事業売却や合弁解消を進めるなど、選択と集中を進めている分野でもありますね。
最後にDICは事業買収やベンチャーへの出資といったM&AやCVCも積極的に行っており、2021年にはBASFの顔料事業も買収しています。
DICはボリュームゾーンである印刷インキやプラスチック向け有機顔料に強みを持っていましたが、機能性顔料といった高付加価値製品のラインナップが欠けていたため、その拡充を図ったものとみられます。
2021年は物流体制に課題があり利益が圧縮されましたが、すでに収束のめどが立ったとしており、今後は業績への寄与や技術面でのシナジー創出が期待されます。
これら新規、既存事業の改革によって長計の第1フェーズである2025年には売上高1.1兆円を目指しており、これまでとは異なった姿となるDICの躍進に期待しましょう。
サステナブル戦略
DICはサステナブル戦略にも力を入れており、2030年にはサステナブル製品の売上を60%、CO2排出量50%削減も掲げています。
バイオマス素材の活用やリサイクルの推進などを進めるものと見られます。