日産化学といえば信越化学と双璧をなす化学業界の高利益企業ですが、一方でその事業内容については掴みにくい印象もあります。
本記事では日産化学の概要について解説し、本年公表された新経営計画についても解説したいと思います。
日産化学の概要について
決算について
まずは日産化学の決算を紹介しましょう。
日産化学の2022年3月期売上高は2079億円と化学業界ではおよそ30番台の規模なのですが、営業利益では509億円と規模の大きいUBEやDIC、カネカといった大手よりも稼いでおり、利益率は驚異の24.5%と化学業界でもトップクラスの高さを誇っているのです。
極め付けに9期連続で最高益(純利益)を更新し続け、本年も向かい風の世界情勢下において10年連続の増益を掲げるなど今もなお成長を続けている高利益企業なのです。
そんな日産化学は何で稼いでいるのでしょうか、その事業内容を見てみましょう。
なお日産化学の歴史については過去記事で解説しています。
日産化学は化学品、機能性材料、農業化学品にヘルスケアを主要な事業としており、セグメント毎に2022年3月期業績を示したものがこちらです。
医薬品は売上高66億円と規模が小さくなっていますが、各事業利益率は10%以上と高収益であり、特に機能性材料と農業化学品が売上高、営業利益ともに牽引していることが分かります。
なぜこの2事業が強いのか、各セグメントの内容についても解説します。
まず化学品事業は工業薬品類を製造しており、高純度硫酸や高品位尿素は堅調に稼いでいるのですが、接着剤などに用いられるメラミンは需要の低迷や競争激化により低採算となっていました。
またヘルスケアについてはリバロといった医薬品や創薬メーカーへの医薬品原薬の受注などを行なっていますが、リバロの特許切れにより売り上げに影響が出ています。
対して機能性材料事業は半導体材料やディスプレイ材料を手がけており、他社が模倣できない独自の地位を築き上げたことで、高い収益性を確保しているのです。
例えばパソコンなどに使用されるディスプレイ材料では、液晶の向き等を制御する配光膜サンエバーを有しており、この液晶ディスプレイ用配光膜では日産化学とJSRが世界2大メーカーとなっているのです。
特に日産化学は、より高精細な画面を実現する光配光IPS市場では世界シェア99%以上と圧倒的な存在感を誇ります。
続いてもう一つの製品群である半導体材料ではリソグラフィー材料を中心に手がけており、露光工程で用いられる反射防止コーティングはアジアで約70%とこちらも圧倒的シェアを有しています。
日産化学はレジストを手がけていないため、レジストメーカーとの協業で性能を追求できる点も強みの一つであり、半導体市場の拡大や高まる微細化の要求を受けて、これら製品のニーズも旺盛なようですね。
続いて農業化学品では水稲用除草剤や殺虫剤といった農薬や動物用医薬品原薬が成長エンジンとなっており、国内農薬販売額はNo.1(2019年10月~2020年9月)、現在は剤の買収・導入による販売力強化も進めています。
こうした新製品やパイプラインで新たに310億円を稼ぐとしていますね。
このように日産化学は強みは新しい製品を次々と生み出しているところにもあり、新しい製品は競争相手が少ないため利益率も高い傾向にあるのですが、いずれは他社の追随で競争が激化、利益率も低下してしまうことが多いのです。
ところが日産化学は持ち前の研究開発力の高さと新しい領域へ挑戦する企業文化を持って、成長領域に新しい製品を次々と提供できており、その結果売上に対して利益成長が大きくなっているのです。
加えて日産化学はバランスの取れたポートフォリオが生み出す安定した成長性も強みの一つと言えます。
従来化学メーカーは景気の影響を受けやすいのですが、日産化学は安定して利益成長を続けていることが分かり、昨今の原燃料高も比較的影響が少なく、また価格転嫁も進んでいるようですね。
このように日産化学は他社の先を行くことで高利益を享受してきた企業とも言えるのですが、今後はどのように成長するのか、経営計画から読み解いてみましょう。
新経営計画について
日産化学は本年、2050年を見据えた長期経営計画と、長計実現に向けた6ヶ年中計を発表しています。
こういった経営計画ではまず長期的なビジョンを示し、それに向けた中期経営計画を策定という構成が多いのですが、各社長期ビジョンは2030年をターゲットとしている中、2050年を見据えているのは珍しいように感じますね。
長計と中計の名称は、Atelier2050とVista2027。
なおVistaは景色や展望といった意味があり、日産化学の前中計もVista2021だったのですが、日産化学は前中計であるVista2021の経営指標を、コロナ禍においても達成しているのです。
営業利益については2030年目標である500億円を9年前倒しで到達するなど、予想を超える速度で成長しています。
ちなみに事業ごとに目標の到達度を見てみると、機能性材料が大幅上振れしていることがわかりますね。
見事経営計画を達成した日産化学ですが、八木新社長は新中計の公表に際して、「稼ぐ力が不十分、出口としての見極めが遅かった」としているのです。
というのも、前中計では新製品群で196億円売り上げる計画だったのですが、実績は142億円に留まり、売上高3億円以下であるまだ発展途上の製品が多く存在するのです。
とはいえ十分売り上げているようにも思えるのですが、八木社長は「将来を見据えると、新製品の創出、実需化は遅れていると言わざるを得ない」とし、環境の変化に迅速に対応するマーケティング力の向上、事業領域の深堀に取り組むとしています。
このような課題を解決し、さらなる飛躍を目指して策定されたのが今回の経営計画となる訳ですね。
そんな長期経営計画であるAtelier2050では社会課題や経営課題を踏まえあるべき姿を掲げており、会社の求められるあり方が急速に変化するなか、企業・組織としての方針を示した形になります。
注力する事業領域としては情報通信、ライフサイエンス、環境エネルギーの3領域を挙げており、これらは中計に沿って解説したいと思います。
新中計について
それでは中期経営計画Vista2027を解説に移りましょう。
Vista2027は22年度を初年度とする6カ年の計画で前半3カ年をStage I、後半3カ年をStage IIとしています。
数値目標としては、Stage Iの2024年度は売上高2550億円、営業利益は585億円、Stage IIの2027年度は売上高2850億円、営業利益は670億円と21年比でなんと30%を超える高成長を掲げています。
財務指標では営業利益率20%以上、ROE18%以上と従来の高収益体質は維持しつつ、配当性向を10%程度引き上げているため、株主には嬉しい内容ですね。
なお24年度までは現有製品が成長の源泉となるのですが、27年度には新製品も345億円まで成長させるとしており、事業別に数値目標を見てみますと、大きく牽引するのは機能性事業と農業化学品のようですね。
成長が期待される現有製品としては機能性材料ではディスプレイ材の光IPSや半導体材料の反射防止膜、農業化学品ではラウンドアップなどの農薬となり、これらは前中計でも利益拡大に貢献した製品群となりますね。
好調を維持するとみられるこれら製品群ですが、実はディスプレイ材料の光IPSには課題もあるのです。
というのも、機能性材料のセグメント別業績予想をみてみると、ディスプレイ材料の伸びが緩やかとなっています。
日産化学が得意とする光配光IPSは高コントラストを実現でき、タブレットやパソコン等に採用が増えていますが、有機EL化が進むスマートホン向けでは、液晶材料である光IPSの拡大が見込めない状況なのです。
加えてディスプレイ材料は価格競争が進むとみられるため、中計中では利益も横ばいにとどまるとしています。
したがって新製品の創出も欠かせない日産化学は、有機ELやマイクロLEDといった次世代ディスプレイ材に着手、液晶材料でも需要が伸びる中型パネルや環境配慮型製品の開発を強化しているようですね。
対して成長が期待される半導体材料は微細化トレンドを見越してEUV材料への本格参入を図り、
韓国で第二工場の新設を進め、日韓に加え台湾や中国の旺盛な需要に応えるとしています。
加えて三次元実装に向けて仮貼り合わせ接着剤や層間絶縁膜といった後工程材料も力を注ぎ、日本または韓国で半導体材料のR&D機能を拡充する方針のようですね。
なおもう一つの稼ぎ頭である農業化学品については、27年までに販売を目指す新規農薬3剤などが牽引役ですが、世界市場を見ると農薬はアジア地域にて大きく伸びているようで、日産化学も世界需要増に応えてインド工場の稼働を予定しており機会損失が生じていたという除草剤などの供給を強化します。
最後にヘルスケアですが、やはりリバロに続く安定収益源の創出が喫緊の課題であり、日産化学は新たに核酸医薬やペプチド医薬といった中分子医薬へ本格参入しています。
まだ早期の段階であるため、これらが軌道に乗るまではジェネリック医薬品向け原薬等で収益を支えて行くようですね。
このように日産化学は新領域への挑戦も続けており、新たな収益源となる製品の創出に期待したいですね。
汎用品からは撤退
なお化学品事業のメラミンからは撤退を決定、60年に及ぶ歴史に幕を下ろしています。
付加価値の高い製品の拡販や資源集中を図り、コモディティ化したメラミンは生産終了となるようですが、メラミンの製造は気体・液体・固体の三つを同時に扱うため高度な知識が求められます。
プロセスや知識を習得する目的で若手社員が優先的に配属される伝統もあったようで、実は八木社長もメラミン生産を担当、海外移転も検討していた一人なのです。
このように事業の新陳代謝こそ進めていますが、培われた技術は確実に次の時代に繋がっており、他社の追随を許さない新製品を生み出す土台となっていることは間違いありませんね。