脱炭素や電化との相性が良く、近年注目されているマイクロ波。
マイクロ波化学はその名の通りマイクロ波を用いた化学プロセスの研究開発や、ライセンス事業を手がけているのです。
その事業内容を解説します。
マイクロ波化学について
マイクロ波化学は2007年、元三井物産の吉野氏と大阪大学の特任准教授である塚原氏らにより創業され、社員数60名ながらも博士号取得者を16名擁するなど、技術力に強みを持つ技術開発型企業なのです。
2022年に東証グロースに上場、今やその技術は大手化学メーカーからも引っ張りだこで、初値が550円であった株価も昨年末に急騰していました。
なぜ急に注目されているのか、その将来性はどうなのか、マイクロ波化学の持つ技術から解説していきたいと思います。
まずはその事業内容ですが、実はマイクロ波化学は化学品や装置のような製品を提供しているわけではなく、その名の通りマイクロ波を用いた化学プロセスの研究開発や、ライセンス事業を手がけているのです。
ではマイクロ波とは何かという話なのですが、これは赤外線よりも長い波長を有する電磁波の一種で、分子運動とイオン伝導によって熱を発生させることができ、身の回りでは電子レンジにも使用されていますね。
マイクロ波化学はこのマイクロ波による加熱を化学製品の製造プロセスに適用しようとしているのです。
ではマイクロ波加熱の利点とは何なのでしょうか。
いろいろとあるのですが、特に脱炭素との相性の良さが挙げられます。
従来の製造プロセスにおける加熱工程では、ボイラ等で高温にした媒体を反応釜へ供給することなどで昇温されますが、石化燃料を用いて高温の熱源を使用するため、エネルギーの消費量が多い点などが課題です。
とはいえ原理的には100年以上変わらないプロセスなのですが、ここに革新をもたらすかもしれないのがマイクロ波です。
マイクロ波を用いると、内部からターゲットした部分に直接エネルギーを伝えることができるため、従来法と比較して効率的に加熱が可能で、再生可能エネルギーと電化の組合せにより脱炭素にも貢献できます。
マイクロ波化学は従来スケールアップの難しかったマイクロ波の産業化に成功しており、マイクロ波による省エネ、高効率、コンパクトな製造プロセスを実証したことで世界から注目を集めるようになりました。
すでに太陽化学と乳化剤であるショ糖エステルの生産について商業運転を開始しており、他にも複数の大手化学メーカーと開発段階に入るなど、すでに成長期に入っているのです。
その適用範囲は単なる反応釜の加熱に留まらず、水素製造から炭素繊維、医薬品と多岐にわたり、特に成長分野と相性が良く、事例をいくつか紹介したいと思います。
リサイクル事業
まずプラスチックのリサイクルに関してです。
日本では廃プラスチックが900万t近く排出されていますが、その多くは熱源としてサーマルリサイクルされており、限りある資源を有効活用するには、廃棄プラスチックを可能な限り素材として再利用することが望まれるのです。
そこで近年、化学メーカー各社が技術確立を目指しているのがプラスチックを原料に戻すケミカルリサイクルであり、マイクロ波はそんなイノベーション開発とも相性が良好であったのです。
例えばレゾナックとは家庭から出る容器包装プラスチックから基礎化学品を直接製造する技術の確立を目指しています。
プラスチックの分子鎖を切断してモノマーへ戻すには一定量のエネルギーを与える必要があるも、従来の加熱方式では熱の伝わり方が緩慢になり、C6〜C20のオイル成分が主成分となるようです。
しかしマイクロ波を用いたシステムにより一瞬で昇温することで、直接エチレンやプロピレンといった基礎化学品に戻せ、加えて副生成物の抑制、電化によるCO2フリーの運用にも期待がかかります。
ほかにも三井化学とポリウレタン、三菱ケミカルとアクリル樹脂のケミカルリサイクルも進めるなど、マイクロ波化学への新規案件の引き合いが増えているなか、CN案件の比率も増加しているようです。
化学業界以外ではセブンイレブンとも小型分散型のケミカルリサイクルに向けて実証を開始するなど、マイクロ波は時流であるCNやリサイクルとの相性が良いため、今後も幅広い分野での適用が期待されますね。
ターコイズ水素と炭素繊維
続いてターコイズ水素や炭素繊維の事例について紹介したいと思います。
ターコイズ水素
まずターコイズ水素ですが、これは住友化学との共同開発となります。
水素は原理的に燃やしてもCO2を排出しない次世代のエネルギーとして期待されていますが、現状の水素は石化由来であるため、CO2フリー水素の製造実証が進められています。
住友化学はマイクロ波によりメタンを熱分解し水素を製造、マイクロ波を用いることで必要エネルギーを4-8割削減でき、電源に再生可能エネルギーを用いることや発生する炭素を固体として回収することで、CO2の発生を抑制したターコイズ水素の製造を検討しているようです。
なお副生する固体炭素は電池材料のカーボンナノチューブやタイヤ材料のカーボンブラックに似た性質を持つようで、こちらの商業化に向けた有効活用も併せて検討しています。
なおターコイズ水素については、マイクロ波を用いたプロセスではありませんが戸田工業とエアウォーターも検討しており、環境負荷を抑えつつも、安価で高純度な水素源として研究が進められていますね。
炭素繊維
続いて炭素繊維、これは三井化学との共同研究です。
軽くて丈夫な炭素繊維は航空機などでの需要増加が見込まれていますが、その製造プロセスでは耐炎化や炭化といった高温プロセスが用いられるため、エネルギー多消費型製品とも言われます。
そこで三井化学は耐炎化や炭化といった工程をマイクロ波で行うプロセスの確立を急いでおり、このプロセスにより全体のエネルギー量が50%削減でき、装置のコンパクト化や処理時間の短縮が見込めるだけでなく
マイクロ波により直接、選択的にエネルギー伝達することで耐炎化工程の酸化、環化も制御できるようです。
今後燃料や化学製品に炭素税が課されるような場合マイクロ波プロセスは競争力を有すると期待され、脱炭素の潮流にも適した、環境負荷の低い次世代の製造プロセスになることが期待されています。
このようにマイクロ波のアプリケーションには幅広い可能性が秘められているのですが、開発で得られたノウハウや知財は基本的にマイクロ波化学に所属するようになっているようで、多様な案件を受ける中で技術のプラットフォームが拡充、洗練されていくと期待されます。
最後の事例ですが、ヘルスケアや電子材料のような成長領域でもその利用が進められており、具体的にはペプチド医薬や金属ナノ粒子の合成が挙げられます。
ペプチド医薬でいえば2030年に5兆円と言われる成長市場であるのですが、アミノ酸が鎖状に繋がった分子であるペプチドは、不溶性担体に順次アミノ酸を結合させる固相合成法にて作られています。
この合成反応を促進させるために、従来から研究室レベルではマイクロ波が使用されていたのですが、マイクロ波化学はそのスケールアップ設備をすでにペプチドの受託合成を手がけるぺプチスターに導入しています。
これにより製造時間や原料費を削減できるため、導入企業の競争力強化に期待されますね。
そしてこういった医薬まで手がけるアプリケーションの広さからマイクロ波化学独自の強さが見えてくるのです。
マイクロ波を扱う企業というのは他にも存在するのですが、ある特定の分野のみに強みを持つ企業や装置のみを提供する会社、化学メーカーが独自で導入するケースなどが多かったようです。
対してマイクロ波化学は持ち前の技術力を武器に装置だけでないトータルなプラットフォームを有し、マイクロ波を用いて医薬品から化学品まで幅広くソリューションを提供できる点が強みと言えるのです。
移り変わりのある化学業界において、装置や製品でなく技術力を強みに挑戦する企業は成長が期待できますね。
マイクロ波化学の業績について
移り変わりのある化学業界において、装置や製品でなく技術力を強みに挑戦する企業は成長が期待できますね。
2021年度は8億円の売上に対して8700万円の赤字となっており、その推移をみても浮き沈みがあるのですが、来年には黒字転換で過去最高業績が予想されています。
今後は紹介した事例の開発が進み、さらなる新規案件の獲得やグローバル展開から将来的な成長も期待できるものの、成長株の黒字転換時期はただの増益よりもパフォーマンスが強く出る傾向もあるため、PERやPBRをみても株価の過熱感は否定できない状況でしょうか。
とはいえ、今後大化けするポテンシャルを秘めた企業ですのでその動向は注視して行きたいですね。