業界の動向

カーボンニュートラルの嘘とほんと、脱炭素は詭弁なのか

 2020年に菅首相より、2050年カーボンニュートラルの実現目標が宣言されました。

 二酸化炭素やメタン、フロン類といった温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするこの取り組みですが、その背景には何があるのでしょうか。

 カーボンニュートラルの仕組みや、今後必要とされる技術についても考察します。

そもそもカーボンニュートラルとは

カーボンニュートラルって何のことなの?

 2020年10月におこなわれた所信表明演説で、菅首相はカーボンニュートラルについて下記のように述べています。

「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」

 ここで鍵となるのが、温室効果ガスの排出を"全体として"ゼロにすると述べているところです。

 経済産業省が示す温室効果ガス削減目標について確認して見ましょう。

2050年カーボンニュートラルについて(出典:経済産業省HP)

 温室効果ガスである二酸化炭素は、電力生産や運輸、産業など多岐に渡る分野で排出されています。

 まずこの二酸化炭素の排出量を削減することが第一目標です。

 しかし排出量をゼロにすることが難しい分野もあるため、その排出分を埋め合わせるために二酸化炭素の"吸収"や"回収"が検討されています。

 この回収した二酸化炭素を削減しきれない二酸化炭素排出分と埋め合わせることで、排出量を実質ゼロとする考え方がカーボンニュートラルとなります。

カーボンニュートラルの考え方はすでに使われている?
例えば、化石燃料の代わりに植物由来などのバイオマス燃料を使うこともカーボンニュートラルで考えることができます。
バイオマス燃料も燃焼すると二酸化炭素を排出しますが、そもそも植物は二酸化炭素を吸収して成長します。
つまり植物が燃えて発生する二酸化炭素はもともと大気中に存在した二酸化炭素であり、二酸化炭素の増減には関与しないと考えることができるのです。
このように、バイオマス燃料が燃焼した際に発生する二酸化炭素は、二酸化炭素量の増加に寄与しない(実質排出量ゼロ)とみなされるのです

 他にも発電や水素製造等で発生する二酸化炭素を回収する、CCUS技術の研究が進められています。
 CCSやCCUSについては、下記記事で詳しく解説しています。

大気中のCO2を増やさないという視点がカーボンニュートラルです。

なぜカーボンニュートラルを目指すのか

掲げられるのは2つの目標

 カーボンニュートラルの実現が謳われるのには、大きく分けて二つの背景があります。

 一つ目は、地球温暖化による気候変動や持続可能社会の達成が国際的な課題となっていることです。

 気候変動問題に関する国際的な枠組み「パリ協定」や、持続可能な開発のための目標である「SDGs」などが採択されているように、全世界的に環境問題への関心が高まっています。

2030アジェンダ
SDGs

 というのも、2050年には人口が100億人を突破するとされており、さらに中流世帯の比率も高まると考えられています。

 それにともない、車や電力の使用量も大幅に増えると予想されるため、現在の生活を続けていては人類の持続的な成長は望めないのです。

 人類にとって長期的な豊かさの実現のため、持続可能社会を達成することが全世界的に必要とされています。

今の社会だと、100億人の生活は支えられないんだね

 そして二つ目の背景は、カーボンニュートラルへの挑戦が次の成長の原動力につながると考えられていることです。

 化学業界は医薬品や半導体・自動車関連材料などでは大きな伸びが期待されますが、多くの分野については成熟期に入っています。

 そのような中「2050年カーボンニュートラル」という目標が掲げられたことで、世界的に大胆な投資をする動きがあいつぐなど、気候変動問題への対応を“成長の機会”ととらえる潮流が加速しています。

 カーボンニュートラルへの挑戦は、社会経済を大きく変革し、投資をうながし、生産性を向上させ、産業構造の大転換と力強い成長を生み出すチャンスなのです。

 とくに昨今では、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)を考慮して投資をおこなう「ESG投資」が世界中で拡大しているため、環境への配慮は企業にとっても取り組むべき重要課題となっています。

 先進国を中心に、企業も生き残りをかけて、カーボンニュートラルを目指す技術のイノベーションの開発に大規模な投資をおこなっています。

カーボンニュートラルの背景とねらい

環境と経済の両面への効果が期待されています。

カーボンニュートラルの裏側、EUの狙いとは?

 地球環境保護や経済成長を大義名分としてカーボンニュートラルは掲げられており、その目指すところは理解できます。

 しかしカーボンニュートラルには各国の思惑も含まれており、例えば脱炭素化を世界に率先して進めてきたEUですが、近年その動向は競争力のある低炭素経済への移行という、産業政策としての側面も強くなっているといわれています。

 というのも、カーボンニュートラルの達成には社会システムの大胆な移行が必要になるのですが、うまく移行を進める事で長期的にさまざまなメリットが得られるのです。

 今回はEUの狙いについて解説します。

マネーフローのEU内循環

 狙いの1つが、石油や石炭といった化石燃料購入による流出資金の削減です。

 EUは毎年1750億〜3200億ユーロ分もの化石燃料を輸入しており、その資金は資源国に域外流出することになります。

 そこでEUはカーボンユートラルを通じて、このマネーフローをEU内で循環させようとしているのです。

 例えば脱炭素化のかなめの一つである風力発電や太陽光発電といった再生可能エネルギーですが、これらは設置型の発電設備であるため、EU内で製造・運用する事ができます。

 したがって再生可能エネルギーを中心としたシステムに移行することは、これまで域外流出していた石化資源購入資金を、EU内の製造設備への投資に回す事ができるのです。

 実際にEUでは洋上風力発電の設置など、エネルギー転換が積極的に進められています。

市場価値の創造

 カーボンニュートラルを通じて新たな市場価値を創造することで、自国の産業を後押しする狙いがあります

 例えば近年では環境負荷の低い電気自動車(EV)に着目されていますが、これは性能としては既存のガソリン車やハイブリッド車に劣る電気自動車のアピール戦略と捉える事ができます。

 ハイブリッド車などでは日本企業の存在感が強いため、それに対してEUは温室効果ガス削減を新たな市場価値とする事で、電気自動車という新規市場を創出したのです。

 自動車に限らず、環境負荷低減を切り口に市場を広げる思惑があると考えられます。

エネルギー安全保障

 エネルギー資源を輸入に依存していると、高騰や供給不安などの影響を大きく受けることになります。そこでエネルギーの域外依存の低下させることで安全保障上有利にしようとしています。

もちろん地球環境の保護も目指していますが、政治・経済の面も強くなると詭弁と言われやすい印象があります。

カーボンニュートラル達成に向けて、求められる技術

 カーボンニュートラルを実現するために、どのような技術が用いられるのでしょうか。

 実は、特に2050年二酸化炭素排出量実質ゼロを達成するには、今の技術では不可能と考えられており、さらなる技術革新が必要とされています。

 経済産業省が示す二酸化炭素排出削減の試算は下図のようになっています。

二酸化炭素排出ゼロの試算(出典:経済産業省)

 まず挙げられるのが、電力の再生可能エネルギー化です。太陽光電池や洋上風力発電等が検討されていますね。

 他にも石油資源のバイオマス化(植物由来材料の使用)や産業設備の効率化、電化などにより二酸化炭素排出量の削減がまず進められるのではないでしょうか。

 加えて将来的には、水素・アンモニア燃料や合成燃料といった環境負荷の低い燃料、二酸化炭素回収(CCUS)による炭素貯留、ケミカルリサイクルといった資源循環が普及していくと予想されます。

 ケミカルリサイクルや水素関連に関しては、過去記事をご参照ください。

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2050年に向けて、大幅な技術革新が求められています。

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