現在米国で塩化ビニル樹脂の需要が急増しており、価格も高騰しています。
塩ビシェア世界トップの信越化学はこの好況を受けて、2022年度の売上高が2兆円に届く勢いのようです。
なぜ塩ビが高騰しているのか、解説します。
塩ビ樹脂とは
塩化ビニル樹脂ですが、これはポリ塩化ビニルのことで、塩化ビニルが重合して連なった高分子化合物、つまりプラスチックの一種となります。
プラスチックの中ではポリプロピレンやポリエチレンに次ぐ3番目の生産量を有し、ポリスチレンやPETとともに塩化ビニル樹脂は5大汎用プラスチックに数えられます。
塩ビメーカーでは信越化学が世界首位で7%程度のシェアを有しており、信越化学としても売上の3割近くを占める主力事業なのです。
しかしポリエチレンやPETなどと比較して、塩ビ樹脂はあまり馴染みがないのではないでしょうか。塩ビ樹脂がどのように使われているのか、その構造から解説します。
塩ビ樹脂の最たる特徴は、その名前にもある塩素の存在です。
塩ビ樹脂の構造を見るとポリエチレンの水素原子が一つ塩素原子に置換されたものとなっています。
塩素を含むことにより燃えにくく、酸・アルカリへの耐食性や強度に優れた合成樹脂なのです。
さらに塩素は原子量が炭素の約3倍、水素と比べると35倍程度も重たい元素であるため塩ビ樹脂では分子量の半分近くを塩素が占めることになります。
そのため比重が1.4と重く、ポリエチレンが水に浮くのに対して塩化ビニル樹脂は水に沈みます。
加えて価格が安くなる点も大きな特徴です。
プラスチックといった樹脂の価格は単位重さあたりで取引されることが多いのですが、塩ビ樹脂の重量の半分近くを占める塩素は苛性ソーダの副生物として得られるため重さあたりの価格が非常に安くなるのです。
このように安価でありながら優れた耐性を有することから、水道管のようなパイプや建材などに多く使われています。
また可塑剤と呼ばれるプラスチックを柔らかくする材料を用いることで柔らかい軟質塩ビとしても用いられ、農業用フィルムなどにも使用されます。
身近な例を挙げると、あひるの人形といったおもちゃもソフビと呼ばれる軟質塩ビで作られています。
ちなみにレジ袋はビニール袋とも呼ばれますが、これも昔塩化ビニル樹脂が使われていたことに由来します。
今は性能面などからポリエチレンなどに置き換わっているので、呼び名としてはポリ袋などという方が適切ですね。
アメリカで需要が急増
塩ビですが、実は今アメリカで旺盛な需要があります。
アメリカの塩ビ樹脂は年間500-600万トン需要があるのですが、2021年は前年比でなんと10%増となっています。そしてこの需要の増加には、新型コロナ禍が一要因となっています。
アメリカではコロナ禍を契機にリモートワークが普及し自宅にこもる期間が増えたことや、大規模な金融緩和などを契機に都市部から郊外への人口移動が生じており、コロナ禍以前の水準と比較して住宅着工件数は各月30〜50万戸も増加しています。
こうしたコロナ禍による生活様式の変化などに伴い住宅市場の活況を招いており、この住宅市場の景気の良さを受けて、配管パイプや建材などに使われる塩化ビニル樹脂も好調なのです。
連邦住宅金融抵当公庫はなおも380万戸の住宅不足を報告しており、住宅需要はしばらく続くものと見られています。
さらにアメリカでは1兆2000億ドル(137兆円)にも及ぶ巨額投資を行うインフラ投資法が成立したこともあり、塩ビ市場は今後も底堅く推移していくものとみられています。
このように需要は旺盛な塩ビ樹脂ですが、生産面では多くの障壁がありました。
2021年は大寒波やハリケーンにより塩ビメーカーもフォースマジュール(不可抗力による供給不能)が相次ぎ塩化ビニル樹脂の生産量は0.9%ですが減少しました。
塩ビ樹脂のようなコモディティはこうした需要と供給の影響を大きく受けるため、増える需要に対して生産が伸び悩んだことで、塩ビ市況は大幅に上振れているのです。
実際にひっ迫した需給のため、アメリカで塩ビメーカーが実施した値上げは9回にも及び、価格は一年間で最大30%増加しています
信越化学と塩ビ
そのような塩ビの高水準が後押しをして信越化学は2021年度の売上高を2兆円、営業利益はなんと5000億円を見込んでおり、これは日本の化学企業として初となります。
信越化学が塩ビに強みを持つ理由は、徹底したコスト管理にあると考えられます。
信越化学はアメリカでは子会社であるシンテックで塩ビ樹脂製造を行っており、シンテックの拠点とするテキサスやルイジアナ州といったメキシコ湾沿岸は塩ビの製造に最適な立地なのです。
というのも塩ビ樹脂の原料である塩化ビニルはエチレンと塩素を原料としています。
このうちエチレンはメキシコ湾沿岸に豊富に存在するシェールガスから安価に調達可能であり2020年に信越化学はエチレンの自社生産も始めています。
さらに塩素は塩化ナトリウム(塩)の電気分解より得られるのですが、これも原料には現場の岩塩が使え、加えてテキサス州は電気料金が安く電気分解にかかる電気代も日本の半額程度です。
余談ですがテキサス州は石油資源が豊富で税金も安くエネルギー会社を始め産業が盛んです。一方低い税、低いサービスなどとも言われるみたいです。
こうした原料からの一貫生産体制の構築による供給安定やコストダウンにより創業当初は米国内の塩ビメーカー21社中13位の規模であったシンテックも今や世界トップシェアとなっており、シンテックの塩ビは高収益事業なのです。
さらに信越化学工業はルイジアナ州でシンテックの新工場を稼働させ40万トンも生産能力を強化しています。
これにより今後も続くであろう塩ビ需要を取り込み、さらなる収益の成長が期待されます。