本記事では、化学業界の景況感と今後の見通しを解説します。
原油高に円安、中国不動産バブル崩壊など様々な動きがある中、今化学企業が直面する経営環境は思いのほか厳しいものとなります。
まず足元の状況を解説し、今後の見通しについて考察していきます。
現状はどうなの
化学業界は多かれ少なかれマクロ経済の影響を受けるため、マクロ指標の動向はおさえておく必要があります。
まず国内の実質GDP(国内総生産)の成長率を見ておきますと、2023年4-6月は前期比+1.2%で3期連続のプラス成長、
年率換算で+4.8%と予想を上回る高い数値が公表されました。
中身を見てみると非製造業は堅調を維持、製造業も半導体不足の解消で生産が持ち直した自動車や、行楽需要の回復なども寄与しているようで、前年度は過去最高益を記録する企業も多くみられましたね。
日経も今年に入りつよつよで、個人投資家もにっこりの方が多いのではないでしょうか。
ただ物価高により個人消費は弱含んでおり、見通しも引き続き緩やかな回復、数値ほど強い成長ではない点には注意も必要です。
国内全体は悪くなさそうやな、ほな化学業界はどうなん
では化学業界はどうなっているのか、鉱工業指数からみていきましょう。
製造工業全体(青)と比較して、化学工業(赤)の生産指数は昨年末から下落基調であることが分かります。
製造工業は横ばいで推移しているのに対して、どうして化学業界は苦戦しているのか、生産指数の内訳をみると分かります。
化学工業における生産指数の内訳がこちらで、全体的に右肩下がりではあるものの、特に水色の石油化学系基礎製品の下落が目立ちます。
石油化学系基礎製品は名前の通り石油を原料に作られるエチレンやプロピレンなどのコモディティで、日用品から産業用途まで多様な製品の原料となるも、
その価格は需要と供給で決まる傾向にあり、化学工業の中でも特に景気の変動を受けやすい部類に入ります。
実際に、基礎化学品を算出する国内ナフサクラッカーの稼働率は昨年8月より好不況の境である90%を11ヶ月連続で割り込む非常事態、まだ底打ちの兆しは見えていません。
国内GDPは伸びているのに、なんで化学業界は苦戦しているの
先ほども解説した通り物価高により個人消費は弱含んでおり、また各国でのインフレ抑制を図る金融政策や高止まりするエネルギー価格などが足かせだったとみられます。
また冴えない石油化学産業に加えて、スマホなどエレクトロニクス産業の弱さから、半導体材料も低迷、追い打ちをかけているのです。
2023年6月の日銀短観をみても、製造業でも自動車や鉄鋼では改善傾向がみられているものの、化学は悪化が続いていました。
日銀短観の先行きでは化学も改善見通しとなっていますが、実際のところはどうなのか、考察していきましょう。
化学業界の展望
今後を見通すうえで現在気になるキーワードは、原油高、円安、中国戦略の三つでしょうか。
それぞれについて解説していきます。
原油高
一つ目のポイントは原油高です。
9月頭にサウジアラビアは自主減産の延長を発表、さらにロシアも原油輸出量の削減を12月いっぱいまで延ばすなど
需給バランスがタイト化するとの見方が広まり、ニューヨーク原油先物相場は10か月ぶりの高値となっています。
では原油高が化学メーカーにどのような影響を与えるかという話ですが、これは結構複雑です。
例えば単純に燃料費や輸送費の増加は多くの化学メーカーにとってマイナス要因ですが、
川上企業にとって割安な在庫が売上原価を引き下げる在庫評価益は、一時的に利益の押上げ要因となります。
ただ原油価格の影響を大きく受けるのは、先ほども出てきた石油化学系基礎製品です。
石油化学系基礎製品は、原油から得られるナフサを原料に生産されており、日本はナフサの多くを中東から輸入しています。
そしてナフサの価格は原油価格の影響を大きく受け、原油高が進むことでナフサ価格も高騰する傾向にあるのです。
実際に年度初めのナフサ価格は、中国の停滞を受けて約2年半ぶりの安値圏まで落ち込んでいたのですが、昨今の原油高に伴いナフサも連れ高、9月に入りアジア市況は一時700ドルを突破しています。
基礎化学品の原料となるナフサ価格の上昇は収益性の悪化に直結しそうですが、実はナフサ市況の上昇を足掛かりに、スプレッド(利幅)の拡大にも期待されるのです。
というのも、2021年も新型コロナ禍からの経済復調による原油・ナフサ の価格が高騰、ただ世界経済回復による需要回復も進んだため
石化製品市況も大きく値上がりし、高い価格で石化製品を販売することができ、各メーカーの営業利益を押し上げました。
であれば今回のナフサ高も、今の低迷した利幅の改善につながるのでは
しかし今現在の原油高については、スプレッドの拡大には結びつかないとの見方が強いのが実情です。
その理由として、石化製品は原料価格の変動を自動的に販売価格へ連動させるフォーミュラ制も存在しますが、
需給もありフォーミュラ制で全てを反映できるわけではなく、転嫁しきれない原料や顧客も存在しているのです。
特に一大需要地である中国の不調から依然として需給は弱く、低迷した利幅の回復にはつながらないと考えられます。
また同様の理由から今後ナフサ市況が強含みで推移する可能性は低く、原油価格と連動して推移していくものとみられますね。
円安
2つ目のポイントは円安です。
今年の前半は130円台であったドル円も、9月15日時点で147円と年初来高値圏、ここにきて円安トレンドですね。
根本にあるのは日米の金利差ではあるのですが、物価動向や国際収支、景気動向、株価、政治動向など複雑に関与しているようです。
では円安が化学メーカーに与える影響はどうでしょうか。
円の価値が低いと輸入品の購入時に円を多く払う必要があり原燃料高に拍車をかける傾向にありますが、円安は輸出品の利益が増えるほか、海外拠点の円換算利益が増加する点がメリットであり、化学メーカーにとって円安はトータルで見てメリットであることが多いのです。
したがって足元の円安は大手化学企業にとっては追い風も、このような増益は企業の地力とは関係ない追い風参考記録である点が注意が必要です。
なお大手総合化学各社は今年度の業績予想について、為替レートは130円台を想定しています。
2023年度想定 平均為替レート | |
三菱ケミカルG | 130 |
住友化学 | 135 |
旭化成 | 130 |
三井化学 | 139 |
東ソー | 130 |
来週開催予定の米連邦公開市場委員会(FOMC)と日銀金融政策決定会合に絡んで金利がどう動くかで、ドル円も動くタイミングがあるかもしれませんね。
中国戦略
最後は日系企業の中国戦略についてです。
化学メーカーはグローバルに事業を展開しており、日本だけでなく、主要地の動向も把握する必要があります。
とりわけコモディティ分野を中心に、中国の経済動向が市況を左右するケースも増えているのです。
では現在の中国はどうかというと、皆さまご存じの通りなかなか怪しい状況が続いています。
これまで利益をけん引してきた不動産市場が停滞、将来不安から消費者物価指数は下落傾向、失業率の増加も社会問題となります。
化学メーカーにとっても、現状内需の弱含みから化学品市場は回復の契機がつかめず、中国での化学品の本格的な需要回復は24年の春節以降ともいわれています。
加えて中国産を優先する国風潮流、EVで出遅れた日本車の不振、米中デカップリングと中国の市場構造が変化する中
日系素材企業には変化への対応や難しいバランス取りが求められているのです。
このように中国は地政学的、経済的リスクが高まるも、依然として巨大市場であることに変わりはなく、
日系企業は中長期的な中国戦略の決断を迫られています。
例えば日系サプライチェーンから脱却し中国でローカル向けに戦う、中国をアジア開拓の拠点とする、
半導体材料や電池材料は北米を強化するなど、各社の戦略は多種多様です。
現在の化学各社の中国戦略は、中長期的に明暗を分けることになるかもしれませんね。
まとめ
あしもと化学業界は回復に遅れが生じており、中国の不振などを背景に、石油化学系のコモディティなどが低調となります。
ただディスプレイ材など回復がみられる業界もありますので、マクロな視点だけでなく、ミクロに企業を分析することも重要です。
今後の見通しについては、円安や原油高など潮目の変化はあるものの、石油化学・半導体・中国での需要の回復がカギとなりそうです。
なお半導体は後工程材料ですでに底打ちの兆しもみられ、生成AIなど最先端分野も堅調、半導体材料については遅かれ早かれ復活するとみられます。
一方で石油化学については、中国での新増設が相次ぐなど構造的な問題も抱えており、個人消費や中国回復後も、以前のような収益性が戻る保証はない状況でもあります。
最後に株式市場に関して、復活を織り込んでか化学セクターもすでに回復し始めている印象もありますが
現状は半導体材料の復活や石油化学のリスクなどまだら模様ではあるので、注意が必要ですね。