今回はフォトレジストについて解説します。
成長が期待される半導体材料において、日本勢が特に強いのがフォトレジスト。
最近ではその需要も回復してきており、また信越化学が増強を打ち出すなど、大きな動きもありました。
本記事前半ではフォトレジストとは何かを解説し、後半は関連するメーカーやその動向にも触れたいと思います。
フォトレジストとは
スマホやPCといった電子機器の頭脳として欠かせない半導体デバイス、半導体自体は米intelや韓サムスン、台TSMCなどが大手メーカーですが、その製造工程では様々な化学製品が用いられ、化学メーカーが製品を供給しています。
数ある半導体材料のなかでも、フォトレジストはシリコンウエハーとともに代表選手、ピザにおける生地とトッピング、またひろしとド根性ガエルくらい重要なコンビです。
ちなみに、フォトレジストもシリコンウエハーも足元では需要が停滞していますが、在庫が積みあがるシリコンウエハーよりも、長期在庫に向かないフォトレジストの方が早い回復が期待されていますね。
フォトレジストのここがすごい
そんなフォトレジストはこちらに示すような液状の化学薬剤で、前工程と呼ばれるウエハ上に回路を形成するプロセスに用いられます。
フォトレジストは光が当たった部分だけが反応するため、シリコンウエハー表面に塗布、露光することで回路の形成が可能となるのです。
光(フォト)と反応する保護膜(レジスト)だから、フォトレジストと呼ばれるわけですね。
こういった光でパターンを形成する技術自体は他にも使われており、ディスプレイにおけるカラーレジストなどが挙げられますが、半導体製造に用いられるフォトレジストの特徴は、その変態的な細かさ。
というのも、半導体は回路が微細になるほど高性能化するため、これまでも微細加工技術が突き詰められてきたのです。
具体的には、フォトレジストに露光する光の波長が短いほどより細かい回路が形成できるため、
光源は水銀ランプのg線(λ = 436 nm)、i線(λ = 365 nm)、KfFエキシマレーザー(λ = 248 nm)、ArFエキシマレーザー(λ = 193 nm)、液浸ArF(λ = 134 nm相当)と短波長化が進められてきました。
光源が変わると対応するフォトレジストも変わるため、光源の進化に合わせてフォトレジストメーカーも技術開発を進めており、最先端半導体では数ナノプロセスが採用されるなど、微細加工技術の進展は目を見張るものがあります。
ここ20年を見ても、ガラケーがスマホに、PSのメモリも初代の2MBからPS5では16GBと8000倍になるなど、私たちの今の生活はフォトレジストの進化によってもたらされている面もあるのではないでしょうか。
そんなフォトレジストの進化を支えたのは、化学メーカーの血のにじむような頑張りと言えるかもしれません。
そもそもフォトレジストの中身は何かといえば、ベース樹脂や感光剤、溶媒などからなる混合物です。
フォトレジストメーカーはこれら原料を自製、外注しながら、各プロセスに合わせた最適な組み合わせを探し出しているのです。
この開発プロセスは、控えめに言っても極めて大変なのではと思います。
というのも、微細加工技術の進展とともに要求されるスペックやスピード感は上がり続け、それでいて同時に満たさないといけないパラメーターも多く、それらのバランスを保つ必要もあります。
加えてppbからpptといった超高純度化技術も求められ、高精度な測定や封入工程といった厳重な品質保証も必須、ろ過に何日もかけることがあるとも言われています。
こういったスペックを、海外半導体メーカーの一流技術者とすり合わせる必要もありますし、さらには同じようなプロセスでも、半導体メーカーごとに要求品質が異なることもあるのです。
こうなるとメーカーごとに繊細な作りこみが必要になり、実験量がとんでもないことになったりします。
半導体に限らず化学の分野では、こういった泥臭さや繊細さが求められる側面もあるのですが、手先が器用で根気強い、日本人技術者の絶妙なバランス設計が活かされているのです。
フォトレジストメーカー
ここまではフォトレジストそのものについて取り上げました。
ここからはフォトレジストに関連した化学メーカーを紹介します。
フォトレジストを手掛けるメーカーとしては、JSRに東京応化工業、信越化学工業、住友化学に富士フイルムが挙げられます。
なんとこれら日系企業5社で9割のシェアを占めており、フォトレジストは日本の独壇場と言えます。
ジャパニーズHENTAIクオリティが海外メーカーにとって参入障壁となっているのではともされていますが、実は日系メーカー内でも得意な技術やプロセスが異なり、熾烈な攻防が繰り広げられています。
特にシェア争いの渦中にあるのが、最先端のEUVプロセス。
EUVリソグラフィは立ち上がり期が終わり、最近では台湾TSMCの3ナノプロセスで採用されるなど普及期に入っており、対応するEUVフォトレジストもシェア獲得に向けた覇権争いが激化しています。
EUVは最先端のロジック半導体だけでなく、DRAMと呼ばれるメモリー半導体にも採用され、層数の増加に伴い工程も増えるなど、高い成長率が見込まれており、
EUVプロセスでの優劣によっては、フォトレジストメーカーのシェアが変わってくる可能性もあるのです。
続いては、フォトレジストメーカー各社の特徴と、最先端領域でのポジションを解説していきます。
トップは東京応化とJSR
まずはトップグループの東京応化工業。
知る人ぞ知る半導体材料の専業メーカーであり、フォトレジストの国産化を実現した企業でもあります。
黎明期から半導体用フォトレジストで先行していたため、古いUVレジストから最新のEUVまで幅広く手掛けています。
特に最先端のEUVレジストでは、2022年推定値でシェア38%と、従来タイプの化学増幅型フォトレジストで先行しているとみられます。
対して、同じくトップグループに位置するのがJSR。
JSRは東京応化よりも後発組のため、UVレジストなどでは後塵を拝することとなりました。
しかし合成ゴムで培った合成樹脂の知見を活かしつつ、米国の先端半導体メーカーとのきめ細やかな共同開発体制を構築、ボリュームゾーンのArFフォトレジストでは先駆けて市場参入し、世界首位を獲得するに至っています。
また最先端のEUVレジストについては、東京応化と同様に化学増幅型を手掛けながら、買収した米インプリアを土台に、金属レジストにも積極的に展開しています。
というのも、次々世代となる2ナノ以下のプロセスでは、既存の化学増幅型は限界を迎えると考えられているのです。
EUVは低出力であるためレジストの高感度化が必要で、そこで注目されているのが金属レジストです。
金属レジストは不純物など課題はあるものの、EUV光の吸収率が非常に高く、高感度かつ高解像度、耐エッチング性も優れ、25年以降の2ナノ以下のプロセスでは、金属レジストの導入が期待されています。
東京応化も金属レジストの開発を表明するなど全方位戦略をとっており、すでに次々世代を見据えた戦いも始まっています。
信越化学は大規模投資
続いてはみなさまご存じ信越化学工業。
信越化学の半導体材料と言えば、世界トップシェアのシリコンウエハーに目が行きがちですが、実はフォトレジストでも三番手のシェアを有し、最先端のEUVでも良好なポジションにいるとみられます。
信越化学はフォトレジストでは最後発でしたが、先端側のレジストに強みを持ち、半導体材料事業の拡大を見据え、先日群馬の伊勢崎に新しい生産拠点を設けると発表しました。
新工場では先端フォトレジストなどを生産し、R&DやBCP対策の強化を図る考え、約830億円の投資額を自己資金で賄うなど、キャッシュリッチ大企業のパワーを見せつけてきますね。
独自路線の住友化学と富士フイルム
上記3社に対して、独自のポジションをとっているとみられるのが住友化学と富士フイルム。
まず住友化学は韓国の地盤が特徴でしょうか。
住友化学は顧客の近くに製販研を集約したタイムリーな顧客対応力を強みとしており、韓国の100%子会社東友ファインケムを土台に、韓国拠点を拡充しています。
韓国の半導体メーカーと言えばサムスンらが世界的にも大手で、特にメモリー半導体を得意としていますね。
住友化学は液浸ArFレジストで高シェア、特にDRAMといったメモリー向けに強みを持つのではないかとみられます。
なお最先端のEUVでは出遅れ気味でしたが、サムスンらがEUVプロセスをDRAMで採用するなど、市場拡大が期待されています。
メモリー半導体は量産性やコスト競争力が重要で、住友化学の強みを活かせるかが勝負となりそうです。
最後は富士フイルム。
フォトレジストでは写真フィルムで培ったネガ型に強みをもち、液浸ArFのネガ型で高いシェアとみられます。
最先端のEUVに関しても、得意とするネガ型の強みを生かす考えのようですね。
ただ今はポジ型の方がボリュームゾーンとみられ、他社と比べるとシェアはやや低めとなります。
しかし富士フイルムの強みは、フォトレジスト含めた前工程材料の層の厚さ。
昨年富士フイルムは、米インテグリスのプロセスケミカル事業を1000億円で買収、これによりほぼすべての前工程材料を取りそろえ、世界20拠点体制も構築しています。
これにより、ユーザーの困りごとなど幅広い情報が得られるだけでなく、複数の材料を組み合わせた全体最適の提案も可能となり、こうしたワンストップソリューションを事業戦略の要としていますね。
レジストメーカーを支える原料メーカー
ここまではフォトレジストメーカー5社を紹介し、専業で幅広いラインナップを持つ東京応化、金属レジストで攻めるJSR、大規模な投資を打ち出した信越化学工業、韓国拠点に強い住友化学、ネガ型が得意な富士フイルムと、各社特徴があることがうかがえます。
続いては、フォトレジストの原料メーカーも少し紹介したいと思います。
実はフォトレジストだけでなく、その原料を供給するメーカーも日本勢が強いのです。
例えば感光剤では東洋合成工業が世界トップ、ArFレジストモノマーでは大阪有機化学工業が世界シェア7割と、ニッチながらも圧倒的シェアを持つ企業も多くあるのです。
プロセスごとにみても、g線、i線レジスト向けのノボラック型フェノール樹脂では群栄化学、NANDなど汎用メモリーに多いFKrレジストに用いられるパラヒドロキシスチレン系では日本曹達、先端品にも用いられるArFレジスト向けポリマーでは丸善石油化学らと、多様なメーカーが原料を扱っています。
ほかにも挙げるときりがありませんが、このように日本の原料メーカーの層の厚さが、フォトレジストメーカーの競争力の強みとなっているといえるのではないでしょうか。
今後のフォトレジストの動向
以上が、フォトレジストについての解説でした。
今後の動向については、業界再編が進むかどうかでしょうか。
優良な半導体材料メーカーがひしめく日本の環境は、フォトレジスト業界にとってポジティブな面もあったのですが、同時に市場規模に対してプレーヤーが多く、個々の会社の規模が小さい、といった課題を抱えた市場でもあります。
こうした課題に一石を投じたのがJSRです。
JSRはJICのTOBを受け付けており、他社との連携やM&Aにより業界再編を進めるとしています。
フォトレジストメーカーとの水平統合なら、ネガ型が得意で独禁法もクリアできる富士フイルム、また後工程との垂直統合なら、レゾナックが候補となってくるでしょうか。
いずれにせよ、日本に新たな大手半導体材料メーカーが誕生する可能性もあり、注目していきたいですね。