業界の動向

【脅威】あいつぐ総合化学メーカーによる事業撤退、その理由とは【化学メーカー】

化学業界のトレンドについて、解説するシリーズです。

今回解説するのは、化学メーカーの汎用品からの撤退です。

化学業界のサプライチェーンについて

そもそも化学製品において汎用品とは何を指すのでしょうか。

まずは化学業界における製品の流れ、サプライチェーンをみてみましょう。

私たちの身の回りにあるプラスチックや衣類、スマホや車まであらゆるものに化学製品が使用されていますが、それら化学製品は化学メーカーが原料となる物質を化学的に処理することで製造されています。

この流れを簡単に解説すると、原料を精製することなどにより基礎化学品を得る川上の工程と、基礎化学品に重合等の処理を加え誘導品を製造する川中の工程、誘導品を配合、成形加工し最終製品を製造する川下工程の3つからなります。

具体的にはENEOSのような石油精製企業は川上企業と言え、JSR、日本ゼオン、日油など多くの企業が川中に位置し、そして基礎化学品から誘導品まで幅広く手掛ける総合化学は広範囲にわたって事業を進めています。

なお川下企業としては、みなさんがよく知る花王やブリジストンなどが挙げられますね。

総合化学メーカーの強みは川上工程からの一環製造体制や規模の経済にもあったのですが、今、多くの企業が川上に位置する基礎化学品からの撤退を進めているのです。

なぜ汎用品からの撤退を進めるのでしょうか。

汎用品からの撤退

化学メーカーが基礎化学品から撤退する背景にはいくつかの理由があり、1つ目は採算の悪化です。

基礎化学品はあらゆる製品の原料となる一方で、どのメーカーでも基本的に同じ製品となるため差別化が難しく、このような製品はコモディティ(汎用品)とも呼ばれ、付加価値が低いため価格競争に陥りやすい傾向にあります。

一方で国際情勢に目を向けると、安価な原料を保有する資源国や新興国による基礎化学品への新規参入が増えてきており、非資源国である上に人件費等も割高、加えてプラントも老朽化した日本の化学メーカーは価格競争において苦戦しているのです。

加えて重厚長大産業からコンピューターと言ったハイテク産業が台頭するなど産業構造の転換も進み、国内は人口減少や産業の空洞化による市場の縮小、原燃料コストの上昇により大きな市場成長は見込めないのです。

国際競争力をかいた設備は収益確保が困難となるため各社生産からの撤退を進めており、特に川上の事業を保有する総合化学メーカーにおいてその動きが見られているのです。

本年もフェノールで大手の三井化学は中国勢を中心とする新増設で事業環境が悪化したために、フェノールを製造するシンガポール子会社を売却、グループ全体の生産量は31万トン減の64万トンとなります。

他にも来年には国内最大手の高純度テレフタル酸の国内生産を停止するなど構造改革を矢継ぎ早に進めていますね。

また住友化学もナイロンの原料となるカプロラクタムや祖業の一つである染料事業からの撤退を打ち出しており、住友化学の染料事業は衣料を中心に拡大、日本の経済成長を支えてきた歴史もあったのですが、衣料の生産が国内から海外に移り国内需要は大きく減退、昨今は住友化学の染料事業の規模も限定的でした。

こうして染料事業は撤退となりますが、染料を作る有機合成技術は農薬や電子材料、医薬品の開発に応用されているようで、今後はこのような高付加価値な誘導品への経営資源の集中を一段と進めるものとみられます。

高付加価値品は技術力勝負な一方で高い利益率が期待され、市場が成長している製品も多く存在するため、化学各社は採算の悪い基礎化学品から撤退し利益率の良い高付加価値製品への転換を進めているのです。

各社が注力する分野についてはまた別の動画で解説したいと思いますが、かつては企業の成長、ひいては日本の経済成長を支えてきた製品群も今や役目を終え、整理が進んでいるわけですね。

環境対応も撤退の要因に

このように採算の悪化が事業撤退の大きな要因ですが、化学メーカーが基礎化学品から撤退するのにはまだ理由があり、現在採算が良い製品であっても撤退の対象となるケースも存在するのです。

その大きな要因は、近年のパリ協定やSDGsの潮流を受けたカーボンニュートラルの動きです。

というのも、温室効果ガス排出量を国内業種別にみると化学は鉄鋼に次ぐ2位ですが、それはエネルギー多消費型産業である基礎化学品に起因する部分が多いと言われているのです。

産業部門のCO2排出量(2016年度)(出典:環境省)

UBEの泉原社長は、「今後、わが国ではエネルギー多消費型事業の規模の利益で勝負する汎用品では成り立たず、スペシャリティ事業に軸足を移さざるを得ない」とし、従来の汎用品による規模のビジネスではなく、エネルギー負荷が小さく高収益なスペシャリティ事業で稼ぐ新生UBEの方針を打ち出しているのです。

すでにUBEは2022年4月にCO2排出量が多く、利益率も高くないセメント事業を分離・移管しており、加えて本年も2030年をめどにアンモニアの停止や国内のカプロラクタムの減産を打ち出しているのです。

UBE Vision 2030 Transformation~1st Stage~ 経営概況説明会より

UBEのアンモニアは国内最大規模の生産能力を有していましたが、設備の老朽化で稼働の停止が相次いでおり、加えてアンモニア生産は温室効果ガスの排出量が多く、アンモニア設備の停止によりGHG排出量を4割削減できます。

中長期的には環境負荷の低いクリーンアンモニアの外部調達に切り替える方針を打ち出しており、こうしたカーボンニュートラルの視点からも事業転換が進められるようになってきているのです。

なおカプロラクタムは住友化学も事業撤退を公表していましたが、これは川下のナイロン繊維の内需減退に加えて、中国勢の新増設により輸出も苦戦していたことで、中長期的に利益を確保することが難しいと判断したようです。

このように基礎化学品は様々な理由から撤退が検討されているのですが、一方国内生産を停止することで、不安定な国際情勢を背景に原材料が調達困難になるケースも想定されるため、国内に何を残すべきなのか、業界全体で議論していく必要もありますね。

石油化学は再編

最後に、撤退ではなく再編が進むとみられるのが石油化学の大元、ナフサクラッカーです。

ナフサクラッカーでは、ナフサを分解・精製することで、エチレンなどの基礎化学品を生成しており、このエチレン等の基礎化学品からプラスチックをはじめとする誘導品が作られるため、石油化学の中心地と言えます。

総合化学メーカー各社は自前のナフサクラッカーを有し、足元では市況の高騰を受けて絶好調ではあったのですが、

「国内の石油化学産業は利益の出ているうちに再編するべきだ。」

と語るのが三菱ケミカルGのジョンマークギルソン社長です。

2022年3月期決算 営業利益は軒並み前年比大幅増

三菱ケミカルGは石油化学とコークスなどを扱う炭素からなる石化事業は2023年度をめどに切り離すとしているのです。

世界的なCNの潮流を受け、ナフサクラッカーのようなエネルギー多消費型産業にもGHG排出量削減が求められると推測されますが、やはりカーボンニュートラルな資源はコストアップとなり、原燃料転換には多額の投資が必要となることが逆風です。

加えて再生プラの使用が進めば、石油由来製品の生産はいずれ減少するとも考えられます。

このように中長期的に見れば大きな成長は見込めない上に、製品の生産・消費過程で多量のCO2を排出してしまうことから、三菱ケミカルGの掲げる環境貢献を前面に打ち出した成長戦略にそぐわない石化事業を切り離す判断をしたのでしょう。

こうした大胆な改革を進めるギルソン社長ですが、石油化学部門を見放したわけではなく、採算が悪くとも基礎化学品を産出する石化事業は経済安全保障から日本になくてはならない産業なのです。

そこで三菱ケミカルGは石油化学事業についてジョイントベンチャー形式を活用し同業との統合を模索するとしています。

ジョイントベンチャー形式は複数の企業が出資し新会社の運営を行うものであり、石化事業を完全に手放すのではなく同業との連携で資本力を増し出口を探る方針のようです。

というのも海外メーカーが台頭している現在、日本の石化事業が国際的な競争力を強めるためには横の統合が不可欠であり、基礎化学品を算出する石油化学事業は2-3社で十分とし、業界全体で再編を進めていくものと見られます。

他業界をみてみると石油精製や鉄鋼ではすでに業界再編が進み現在では数社に統合されており、ギルソン社長は業界のリーダーとしてナフサクラッカー含む石油化学の再編を進める計画のようです。

ギルソン社長は業界のリーダーとしてナフサクラッカー含む石油化学の再編を進める計画のようです。

「(石化依存度などの)各社の違いを踏まえて議論する必要がある」(旭化成 小堀前社長)

「再編は目的でなく、より良い将来ビジョンが描けるなら歓迎する」(三井化学 橋本社長)

「業界再編は明らかに必要」とするも、「誰が石化のCNの責任を持ち、社会的責任を果たすのかなど様々な観点を考慮に入れる必要があり、石化事業の切り離しありきで議論を進めるのは順番が逆」(昭和電工 高橋社長)

と、再編の具体的な道筋についてはまだまだ議論の余地がありそうですね。

石油精製企業も撤退を進める

以上が化学メーカーの基礎化学品からの撤退についてでした。

今回は紹介できませんでしたが基礎化学品は市況の変動に影響を受けやすい特徴があり、収益性の観点から投資家から評価されにくい状況にあり、これも事業撤退の一要因ではあります。

また基礎化学品からの撤退は川上の石油精製企業にも及んでおり、出光興産はアクリル酸事業から撤退、エネオスも和歌山製油所の閉鎖を打ち出しています。

国内の石油需要は年率2-3%で減少するとされており、電気自動車の普及も相まって2040年ごろには半減するペースで、石油精製企業も石化産業を伸ばすためには基礎化学品だけでなく、誘導品を揃える必要があるのです。

エネオスはJSRのエラストマー事業を買収するなどケミカルシフトも進めており、今後も化学業界の再編は激しさを増すと予想され、各社の動向に注目していきたいですね。

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今回は総合化学メーカーと呼ばれる三菱ケミカルG、住友化学、三井化学、加えて旭化成、東ソーの5社を解説します。 事業内容も比較していますので、就活、転職、株式投資のご参考に良ければ最後までご覧ください。

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Youtubeのコミュニティに寄せられたコメントをテーマに取り上げ、化学業界を見通してみる企画です。

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