業界の動向

エネオスがJSRエラストマー事業を買収、化学業界はどう変わるのか

2021年5月、ENEOSによるJSRエラストマー事業の買収は化学業界に波紋を起こしました。

これはこの2社間だけでなく、石油企業のケミカルシフトコンビナート問題日本の産業力結集など、近年の化学業界の課題が包括されており、これからの日本の化学業界全体を活性化させる起爆剤となる可能性が高いです。

今回はその背景と動向について解説・考察していきたいと思います。
動画でも解説していますので、良ければご覧ください。

JSRがエラストマー事業を売却した背景

 まず今回買収の対象となったJSRについてですが、その歴史は1957年までさかのぼります。

 合成ゴムの国産化を目指して設立された国策会社・日本合成ゴム株式会社を前身としており、1969年には完全民営化、1997年にJSR(Japan Synthetic Rubber Co.,Ltd.)に商号変更しました。

 このようにJSRは、社名にもなる合成ゴム(エラストマー)を祖業とする化学メーカーなのです。

どうして祖業の合成ゴムを売却しちゃうの?

 合成ゴムから始まったJSRも今は事業の多角化を進め、エラストマー以外に合成樹脂、デジタル、バイオなど幅広く展開しており、特に半導体関係をはじめとする電子材料分野やライフサイエンス分野を次世代の成長領域と定め、経営資源の集中を図っています

2018年度 売上収益(連結)構成比
JSR CSRレポート2018

 一方でJSRの伝統事業であり、売上の半数近くを占めるエラストマー(タイヤ用途をはじめとする合成ゴム)事業には、課題が立ちはだかっていました。

 2021年3月期におけるエラストマー事業の業績は、売上収益が1432億円であったものの、コア営業赤字が114億円と、事業損益が悪化していたのです。

JSR エラストマー事業 売上と営業利益
JSRレポート2021

 赤字の内的な要因としては、設備投資による支出の増加が挙げられます。

 JSRは2015-2020年にかけて新工場の設立や生産能力強化など、エラストマー事業に1100億円以上の投資を行っていました。

 そこに新興国製品の台頭や、国内需要の減少による合成ゴム出荷量の低迷、さらには米中貿易摩擦やコロナ禍の影響でブタジエン市況が急落したことなどが外的要因となり、投資回収ができなかったのです。

積極的な投資が裏目に出ちゃったんだね、、

 JSRとしてもエラストマー事業の抜本的な再編は急務でしたが、5工場3000人を超す従業員、顧客との信頼や供給責任などが重荷となり構造改革は困難でした。

 また工場は原料等のパイプラインが複雑に絡み合い、譲渡、売却するにも関係者の利害調整が困難な、いわゆる"コンビナート問題"も足かせとなっていたのです。

JSRとしてもエラストマー事業をなんとかしたいと思っていましたが、事業の大きさや資本調整が壁となっていました。

ENEOSの狙いについて

 売上高7兆円越えの巨大石油企業ENEOSについても、近年は向かい風でした。

 国内の石油需要は年率2-3%で減少するとされており、電気自動車の普及も相まって2040年ごろには半減するペースです。

 また2018年米中貿易摩擦の激化から市況が低迷し、コロナ禍が追い討ちをかける形でENEOSも2019-2020年にかけて石油化学製品で赤字を計上しています。

ENEOSとJSRの背景

 2021年は世界経済の回復に伴いENEOSの石化関連事業も回復傾向にありますが、石化産業を伸ばすためには基礎科学品だけでなく、誘導品を揃える必要がありました。

 このように川上に位置する石油化学産業各社が化学産業への参入する、"ケミカルシフト"を急いでいる状況です。

不動の王者であった石油会社にも、時代の流れがきているんだね。

 上記の背景を受けて、ENEOSはJSRエラストマー事業の買収に名乗りを挙げました。

 JSRが強みを持つ低燃費タイヤ向け溶液重合スチレンブタジエンゴム(S-SBR)は、かつての価値こそ薄れていますが、世界的な需要は今後も伸びると予想されています。

 ENEOSも高機能素材を手がける機能材カンパニーでタイヤ用途の添加剤やエラストマーの開発を進めていたため、JSRエラストマー事業とのシナジーも高いと期待されます。

 ENEOSグループは長期ビジョンに"アジアを代表するエネルギー・素材企業"という目標を掲げており、その一歩としてJSRエラストマー事業を買収したとみられます。

 2023年にはENEOSはエラストマー事業で130億円の利益確保を目指しており、ENEOSとしても化学業界へ切り込む抜本的な構造改革となります。
 (ENEOSは他にも三菱ケミカルとケミカルリサイクル事業も進めています。詳細は下記記事にまとめています。)

ENEOSも川下の化学業界への参入(ケミカルシフト)を狙っていたのです。

これからの化学業界

 今回の買収はエラストマー事業を再編したいJSRと、ケミカルシフトを進めたいENEOSの思惑が重なった形でした。

 なお海外ではこのように石化産業と石油精製を一体で運営することでコストを引き下げているケースが一般的です。

 日本の国際競争力を高めるためにも、今後もこのような石化事業の再編が起こる可能性はあり、ENEOSによる買収は日本のコンビナート問題も解決する一つの解答を示した形になりました。

化学製品も石油からできているから、相性が良いんだね。

 なおJSRについてですが、祖業のエラストマー事業を切り離せるくらい、半導体分野やライフサイエンス分野が好調であったことも今回の売却を後押ししています。
 (JSRの手がけるライフサイエンス事業については、記事でも紹介しています)

 今回のエラストマー事業売却で1000億円以上の資金が手に入ることになり、事業を成長領域に絞り込んだことで、選択と集中によりさらなる成長が見込まれます。

ENEOSとJSRのこれから

 とはいえJSRはエラストマー事業買収のため早期退職者募集も行っており、身を切る改革であったことは間違いありません。

 化学業界の再編に切り込んだ2社のこれからに目が離せません。

日本の競争力を高める上でも大きな再編だったわけですね。

 

追記:JSRエラストマー事業のその後についても記事にまとめていますので、よければこちらもご覧ください。

なお近年の企業買収についてもまとめていますので、こちらもよければご覧ください。

“小が大をのむ?”昭和電工による日立化成の買収について

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Youtubeのコミュニティに寄せられたコメントをテーマに取り上げ、化学業界を見通してみる企画です。

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