2022年、総合化学メーカー各社が新しい経営計画を公表していますね。
今回は各社の経営計画を読み解き、企業戦略を比較していきたいと思います。
各社の業績について
まず今回紹介する企業の売上高から解説します。
売上高の首位は三菱ケミカルG、前年度は4兆円に迫る売上高で過去最高を更新しており、2位グループの住友化学や旭化成が2兆円台であることから規模で頭ひとつ抜けている点が特徴ですね。
これは2000年以降、三菱ケミカルが世界で戦うため「この指止まれの大号令」をかけて拡大路線を突き進み、三菱レイヨンや太陽日酸など三菱グループを統合したためであり、今や世界トップ10にも名乗りをあげる大艦隊となっているのです。
続いて売上高では住友化学、旭化成が2兆円、三井化学、東ソーが1兆円前後と続き、各社ともにボリューム勝負の基礎化学品を有するため、化学業界では規模が大きくなっていますね。
なお利益率で見ると三井化学や東ソーが10%を超えて高くなっていることが分かりますが、三井化学や東ソーの利益率が高い理由は、組織改革が進められている点にあります。
例えば三井化学は、リーマンショックや石油化学分野における海外勢力の台頭により、それまでのコア事業であった石化を含む基盤素材事業の経営環境は一変、2008年に巨額の赤字を記録しているのです。
そこで三井化学は立て直しに向けてポートフォリオの改革を進め、高い利益率が期待されるモビリティ、ヘルスケア、フード&パッケージングの3領域を成長の牽引役として拡大を進めてきました。
その結果三井化学は苦境を乗り越え収益性の良いスペシャリティの拡充が達成されたため、経営状況が大幅に改善、利益率の高い企業へと生まれ変わりに成功したのです。
また東ソーもコモディティでキャッシュを稼ぎ、スペシャリティへの成長投資を行うハイブリッド経営により、高付加価値製品のラインナップを拡充、高利益率なポートフォリオを構築しています。
これにより2012年には25%と低めであった自己資本比率も昨年実績は65%と極めて健全化しており、ネットDEレシオもマイナスとなるなど実質無借金経営となっているのです。
2社の詳細についてはこちらの記事で解説しています。
続いて各社のここ数年の営業利益の推移を比較してみると、2019年から2021年にかけて減益傾向がみてとれます。
2019年は米中貿易摩擦、2020年以降も新型コロナ禍の影響を色濃く受けたものとなっており、逆に市況が高騰した前年度は大幅増益を記録するなど、浮き沈みが大きい点が読み取れます。
基礎化学品を扱う総合化学メーカーはこうした市場の影響を受けやすい特徴があるのです。
特に三菱ケミカルGは21年に400億円まで落ち込むなど営業利益の落差が激しいのに対して、旭化成は向かい風の市況においても安定した業績となっています。
旭化成といえばサランラップやヘーベルハウスでもおなじみの総合化学メーカーであり、住宅やヘルスケア、電子材料など多角化した事業ポートフォリオが安定した業績に繋がっているのです。
繊維を祖業とする化学メーカーながらもここまで事業を多角化できた背景はこちらの記事で解説しています。
続いて海外売上比率を見てみると、こちらは住友化学が7割近くと頭ひとつ抜けています。
シンガポールやサウジアラビアで合弁展開する石油化学や、グローバル展開を加速させる農薬事業、そして北米を中心に年間2000億円を売り上げる主力医薬品ラツーダなどが海外売上を牽引しています。
医薬や農薬などはスクリーニングから販売までに時間がかかり、研究開発力が非常に問われる分野と言われているため、今期の投資予定額を見てみると、住友化学は他社よりも研究開発費に力を入れていることが分かりますね。
最後に財務指標などを見てみましょう。
時価総額は各社化学業界で上位に位置し、旭化成が5社で最も高い3位となっています。
なお時価総額については信越化学が化学業界でずば抜けているのですが、信越化学は単純なモノづくり企業としてはもはや異次元におり、会社方針として経営計画も公表しないため今回は割愛します。
続いて自己資本率は化学業界平均が50%程度のなか、旭化成や東ソーは健全な財務状況であるのに対して、三菱ケミカルGや住友化学は30%台を切っており、やや低い数値となっています。
三菱ケミカルGは過去のM&Aや設備投資に3兆円を費やし、資本効率も悪化したため足元では苦戦しているのです。
最後に効率よく稼いでいるかの指標であるROEとROAを見てみましょう。
各社ROEは優良の基準とされる10%を大きく超えているのですが、三菱ケミカルGや住友化学はROAが低くなっており、負債比率の高いことがネックとなっています。
このように規模拡大を進めたことで世界トップ10に名を連ねた三菱ケミカルG、医薬や農薬に強みを持ち海外展開で先行する住友化学、住宅から医療まで多角経営に強みを持つ旭化成、ポートフォリオ転換で生まれ変わりを果たした三井化学、ハイブリッド経営で成長を続ける東ソーと総合化学メーカー各社にも特色があることが分かりますね。
各社の経営計画
それでは各社の経営計画を比較していきましょう。
5社は2021年から2022年にかけて下記のような新経営計画を公表しており、三井化学は8年の長期計画、三菱ケミカルGは4年、住友化学、旭化成、東ソーは3ヵ年の中期計画となります。
そして経営計画のポイントと利益目標をまとめたものがこちらです。
各社内的、外的変化に対して会社として進む方向性を示しており、掲げる利益成長は5〜50%と差が見られています。
各社の抱える課題が異なるためであり、成長戦略について個別に見ていきたいと思います。
東ソー
まずは総合化学きっての高収益企業である東ソーですが、実は目標とする利益成長率は最も低くなっているのです。
実際に東ソーが掲げる2024年業績目標を見てみると、売上高は1億1600万円と25%以上アップを掲げているのに対し、営業利益は大きく変わらず、21年度実績1440億円に対して目標は1500億円と据え置いています。
これまで利益成長を続けてきた東ソーに何があったのでしょうか。
実は東ソーの主力事業であり、利益成長を牽引してきたクロルアルカリ事業に課題があるのです。
東ソーは名前の元ともなるソーダ工業を得意としており、塩化ナトリウムの電気分解により生じる苛性ソーダを製造、加えて副生する塩素や水素を原料に塩化ビニル樹脂やウレタン、その原料のイソシアネートまで製造しています。
東ソーは国内最大級の電解設備を有しており、苛性ソーダでは国内トップシェアを誇るのですが、実は塩化ナトリウムの電気分解には多量の電力を必要とし、国内のソーダ工業で年間100億kWhの電力を消費、これは化学工業の消費電力の18%を占めるとも言われているのです。
東ソーはこうした電力を賄うために石炭を用いた自家発電を行なっているのですが、エネルギー価格高騰や脱炭素コストの負担増、加えて国内需要の減少などが向かい風になると考えられます。
実際に本年度も自家火力発電に用いる石炭が高騰、中国やインドでの需要低迷による塩ビ市況下落も重なった結果、クロアリ事業は大苦戦、上期営業利益は前年度比99.5%減の1億円と大幅減益となっているのです。
そこで東ソーはクロルアルカリ事業や基礎化学品のようなエネルギー多消費型産業は脱炭素に専念し、新経営計画ではスペシャリティ事業を成長の柱としているのです。
経営計画で掲げる営業利益の内訳を見てみるとクロルアルカリ事業や石油化学の減益を補うように、機能商品が伸びており、スペシャリティ比率を営業利益の半分まで高める計画としているのです。
東ソーは3カ年累計の投資額を前中計比25%増の2000億円とするなど積極投資を予定しており、このうち4割の800億円を高付加価値型のスペシャリティ事業へ重点投資し、バイオ関係のM&Aも探索しています。
つまり新中計ではこれまでの高い利益率を維持しつつも、スペシャリティを拡充する質的転換を進めていく計画であり、これまでのコモディティが下支えをしてきた時期とは逆転した、新たな東ソーに期待しましょう。
三井化学
さて、続いて三井化学の経営計画を読み解いてみましょう。
VISION2030では最終年である2030年に営業利益2500億円ROIC8%以上などを目指しているのですが、とはいえ三井化学も足元の22年度、コア営業利益の見込みは前年度比減の1400億円となっています。
ロシア情勢などを受けて高止まりする原燃料価格に世界経済の低迷も相まって利益面では苦戦しているのですが、それでも2022年11月の経営概況説明会において、中間年である2025年にコア営業利益2000億円の達成を堅持しているのです。
3年で600億円利益を積み増し、40%以上成長するなど東ソーと比較してかなり野心的な数値を掲げていますね。
ではいったい、何が利益を牽引するのでしょうか。
これは新経営計画の事業再編により新設された成長三領域となります。
三井化学はモビリティやヘルスケアなど下記5つのセグメントを有していたのですが、VISION2030で掲げたポートフォリオの改革により、これら従来のドメインが再編成されるのです。
これには成長領域を集中し、内部的な成長を促す狙いがあると思われ、再編されたライフ&ヘルスケア、ICT、モビリティの三事業を成長領域としています。
まず再編されたドメインの中で、ライフ&ヘルスケアは収益の第一の柱に位置付けられており、世界シェア45%を誇る、高分子素材の知見を生かしたメガネレンズや農業化学品が利益貢献を果たし、コア営業利益についても21年の250億円から30年には4倍近い900億円へ引き上げるとしています。
ICT事業では高いシェアを有するアペルやイクロステープ、ペリクルなど電子材料が、モビリティ事業については、主力であるタフマーが利益を刈り取る段階にあるようです。
なお長計では戦略投資枠9000億、自力成長投資9000億円の合計1.8兆円を成長投資枠としています。
成長投資の多くは先ほどのライフ&ヘルスケアとICTに割り振られる形となりますが、グループ内技術の乏しい領域についてはM&Aを展開し、成長の2-3割をM&Aやアライアンスで積み上げるとしています。
かつての成功例に固執することなく時代にあった製品開発で今後も成長を続ける狙いですね。
旭化成
さて、続いては多角企業旭化成の経営計画を読み解いてみましょう。
新中期経営計画の副題はBe a trailblazer
trailblazerは後から来る人のために木に道しるべをつける人を表し、開拓者や先駆者といった意味もあります。
この副題には工藤新社長からの、旭化成のDNAであるリスクをとって挑戦する精神、アニマルスピリット、社員の挑戦心を呼び起こし持続的な成長を目指すというメッセージが込められているのです。
目標とする売上高は2兆7000億円、営業利益2700億円と営業利益は3年で3割近い高成長を見込んでおり、成長を牽引する事業として、脱炭素、デジタル、健康・長寿社会に関する10事業、10のgrowth gearsにフォーカスするとしています。
ここで重要視しているのがスピード、アセットライト、高付加価値化の三つです。
アセットライトとは資産(Asset)の保有を抑えて財務を軽く(Light)することを目指すもので、化学企業なら自社工場を持たずに生産を外部へ委託するようなイメージとなります。
というのも旭化成は所有する素材や技術には自信がありましたが、それを早く世の中に出す戦術に課題があり、
新規領域については自前主義から脱却し、他社との連携・協業も含めて最適なビジネススキームを追及していくようです。
というのもテクノロジーの進化やビジネスモデルの多様化が進み、異業種連携も増えていると言われるなか、旭化成は2030年には産業間の垣根がより低くなり、様々な業界で相互に関連し合う状況になると予想しています。
多様な事業を持つ旭化成はさまざまな分野においてビジネスチャンスを持っているため、これを好機と捉え、旭化成のコア技術、変革のDNA、多様な人財を持って積極的な投資をしたいと考えているようです。
そこでスピード感を重視し、他社との連携・協業により早期に優位なポジションを創出する戦術を取り、自前主義にこだわらず、成長市場でいち早く存在感を高める考えのようですね。
多角化されたポートフォリオと技術力を持つ、旭化成に適した方針と言えるのではないでしょうか。
住友化学
続いて住友化学の経営計画を読み解いてみましょう。
これまで各社の経営計画では、変容する社会に対して企業としてどう対応するかに主眼が置かれ、住友化学も近年世界的な環境意識の高まりからGXを成長機会と捉えた経営計画を公表しています。
しかし住友化学にはそんな変容する社会よりも恐ろしい、大きな崖が迫っているのです。
その住友化学が直面する大きな崖は、ラツーダクリフと呼ばれています。
ラツーダは先ほども少し触れましたが、住友化学の主力医薬品である統合失調症治療剤です。
一般に売上が1000億円を超えるような薬剤はブロックバスターと呼ばれるのですが、ラツーダは北米を中心に2000億円近くを売り上げ、傘下である住友ファーマの売上の4割をも占めるブロックバスターなのです。
しかし主力であるラツーダの米国での独占販売期間が23年に終了するため、そのほとんどの収益を失うとみられています。
したがって新中計でも、23年に収益は減少すると予想しており、これがラツーダクリフなのです。
住友化学は2000億円を売り上げるラツーダに変わる、新たなブロックバスターが必要なのですが、特許切れの崖を乗り越えるための新剤はまだ確立できておらず、苦しい局面に立たされています。
したがって新中計の目玉はこの踊り場からいかに回復するかにあるのですが、足元では住友化学ももれなく苦戦を強いられており、石油化学事業の利益予想をゼロまで引き下げているのです。
こうした二重苦を乗り越える鍵は大型提携により獲得、2021年に上市した前立腺がんなど医薬品3剤などとなりますが、このような投資の効果が現れるには時間がかかるため、医薬品への大型投資も利益貢献に遅れが生じているのです。
一方で厳しい事業環境下においても積極的な投資を予定し、その額は7500億円にも上ります。
今後も電気自動車向け電池材料の量産や農薬事業のM&Aといった戦略投資を計画しており、新中期経営計画最終年の2024年度には過去最高となる売上3兆円、営業利益3000億円を目指す計画です。
悲願の3000億円に向けてV字回復なるか、まさに今が正念場ですね。
三菱ケミカルG
最後が三菱ケミカルGです。
三菱ケミカルGといえば拡大路線を突き進み世界有数の規模にまで成長してきた背景があるのですが、新経営計画における最重要ポイントを見てみると組織の再編・スリム化を重視していることが分かります。
これまでは三菱ケミカルHDが親会社として事業会社の事業方針や資源配分を掲げていたのですが、すでに2022年4月から持株会社経営に区切りをつけ、三菱ケミカルグループとして新事業体制に統合されており、加えて2023年度をめどに石化事業を切り離すなど、大胆な構造改革が推し進められているのです。
なぜ従来の拡大路線に区切りをつけて、分離や統合を進めるのでしょうか。
このような構造改革を進める要因は、急速な経営環境の変化にありました。
というのも規模拡大に伴う買収や設備投資に3兆円を費やしたものの利益成長には繋がらず、資本効率も悪化、有利子負債も膨らんだため、D/Eレシオ(負債比率)を見てもやや高い値で推移していることがわかります。
そこで2021年4月に就任したギルソン社長は会社を立て直すべく、同年12月に2025年までの新経営計画を発表、巨大で複雑になった組織のスリム化を進め、規模の経済を享受できる体制へ変革すべく改革が進められているのです。
例えばこの組織改革において法務や財務、デジタル研究開発などの機能をグローバルに統一、基幹業務システムも一元化を進め、経営の足かせであった組織構造を正常化することでコスト削減を図っています。
一方でこうした改革に不満を感じた30代、40代の中堅社員で離職が増えていると指摘されており、M&Aで成長してきた組織の統合は一筋縄ではありませんね。
また長期的にみれば大きな成長は見込めないのに加え、製品の生産,消費過程で多量のCO2を排出する石化や炭素は分離されますが、規模としては大きい石化・炭素を切り離すことで、売上は21年度の約4兆円から3兆円程度に減少することになります。
しかしギルソン社長は高機能材の成長がコモディティの減少分を十分に補えるとし、先に挙げた経営計画ではコア営業利益について21年度の2700億円から、25年には3500~3700億円と30%近い増益を掲げています。
その利益成長の源泉とするのが、最重要戦略市場と位置付ける機能商品やヘルスケア分野であり、LiB材料やワクチンなど社内の有力事業への戦略的投資に集中する方針のようです。
従来のM&Aグロースではなく、三菱ケミカルG独自の成長に期待しましょう。
総合化学メーカー
なお各社の株式市場での評価を記載しておきますと、各社割安水準で配当利回りも高くなっています。
化学メーカーにとってしばらく地合いが悪そうですが、経営計画に共感できる企業があれば応援する意味も兼ねて、購入してみても良いかもしれませんね。