業界の動向

2022年の化学業界を振り返ると

コロナ禍からの経済回復や半導体バブルで概ねの企業が好調であった2021年と比較して、2022年は原燃料が高騰、米欧の景気停滞に加えて電子材料も踊り場を迎えるなど、世界経済は大きな向かい風に直面、この流れは2023年も続くと予想されます。

化学業界はどのような影響を受けたのでしょうか。解説していきます。

2022年は景気の変わり目

波乱の年であった2022年ですが、化学業界においても景気の潮目が変わり始めています。

大手化学メーカー7社の営業利益合計について、過去3年の推移を四半期ごとにまとめたものがこちらです。

新型コロナが世界的に流行した2020年、景気の影響を如実に受けた化学各社は大幅減益となりましたが、2021年は新型コロナ禍からの経済回復や市況高騰に連動し、コロナ前を上回る勢いで最高益を記録する企業が相次ぎました。

しかし2022年に入ってからは状況が変わり始めており、年後半には各社に下落傾向がみられているのです。

2022年に各社が減益に転じた要因はいくつかありますが、一つはロシアによるウクライナ侵攻が挙げられ、戦争による苦難や人道的被害だけでなく、エネルギーや世界情勢にも激変をもたらしました。

というのもロシアは資源大国であり、原油の生産量は世界3位、天然ガスは世界2位の生産量を誇るため、ロシア情勢の悪化に伴い供給不安から石炭やLNGといったエネルギー資源は急騰、年後半にはピークアウトしたものの、国産ナフサ価格も依然高値で推移しています。

その結果 化学業界においても原材料や燃料、物流費といったあらゆるコストが増加しています。

こうした情勢を受けて各社製品値上げを進めたことや、円安効果により売上高は大幅に増えたのですが、それを上回る勢いで原燃料高が進行し製造コストが増加したため、利益を圧迫しているのです。

各社の業績を見ても、上期は売上高では前年比10~30%近い増収、過去最高を記録する企業も多いのですが、営業利益では20%前後の減益と、5社が揃いも揃って増収減益を記録しています。

三菱ケミカルG , 三井化学, 住友化学はコア営業利益

なおほか化学メーカーについても増収減益の企業が多く、詳しくはこちらの記事でまとめています。

こうした原燃料の高騰に加えて、

世界経済の失速も追い打ちをかけています。

物価高騰に起因した消費の下押しや、インフレ抑制を図った米国の利上げによる投資抑制などで世界経済の低迷は鮮明となり、中国でも不動産業の低迷により景気は足踏み状態、加えて厳格なゼロコロナ政策によりロックダウンが相次いだ結果、物流網の混乱や人流の制限、川下の家電や自動車工場における稼働停止などで化学品の需要にも影響が出ました。

加えて新型コロナ禍における物流混乱や巣篭もり需要による特需などが複雑に絡み合った結果、半導体は世界的に不足しており、半導体を使用する自動車産業全体が減速し、誘導品であるポリオレフィンの需要も足踏みしました。

こうした世界情勢の下方圧力を受け、サプライチェーンの上流に位置する国内ナフサクラッカーの稼働率は今年に入ってから好不況の境である90%を割り込んでおり、4ヶ月連続90%を下回るのは9年ぶりのようです。

石油化学工業協会資料より作成

稼働率が90%以上を維持し好調であった2021年とは情勢の変化が伺えますね。

このように国内外で複数の悪要因が重なった結果大手化学メーカーも減益を余儀なくされており、アジア地域での石化製品の余剰感からナフサ安も見込まれるなど余談を許さない状況が続きそうです。

なおこうした逆風下においても爆益を継続している信越化学ですが、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで好調の要因は過去動画で解説しています。

電子材料にも潮目

このように原燃料価格の高騰と市況の低迷が合わさり、化学業界は景気変動を受けやすい基礎化学品を中心に大幅減益となっており、このような状況下では、景気循環に比較的強いスペシャリティ化学メーカーに注目されます。

しかしスペシャリティ化学にとっても景気停滞は他人事ではなく、同じく潮目を迎えています。

これにはスマホやPCといった最終製品での需要軟化に起因した、電子材料市場の停滞が要因として挙げられます。

2021年はコロナ禍での巣ごもり需要やリモートワークに起因する特需も追い風となり、スマホやPCが好調、旺盛な需要を背景に電子材料市場も活況で、2021年はスペシャリティ化学各社も絶好調となっていました。

各社2022年3月期決算

しかし強気一辺倒だった電子材料市場も今年から潮目が変わり始めており、コロナ禍における巣篭もり需要が一服し、IT機器特需も一巡、世界経済の減速も受けて消費マインドが冷え込んだ結果、スマートフォンやパソコンといった最終製品で売れ行きが鈍化しているのです。

それに伴い、これまで利益を牽引した液晶材料や半導体材料に使用される化学製品も7月以降需要が弱まっているようで、ダイセルの酢酸セルロース、日本ゼオンの光学フィルム、カネカのE&I事業などで影響を受け、各社足元では減益となっています。

各社2023年3月期上期決算

なお踊り場を迎えた電子材料に対して農薬、ヘルスケア関係は堅調を維持したようで、農薬・動物用医薬原薬が大幅拡大した日産化学、DDS原料の出荷が増加した日油はなんと増収増益となっています。

各社2023年3月期上期決算

農薬や医薬といったライフサイエンスに強い化学メーカーは特に景気の影響を受けにくい特徴があり、日産化学は9期連続で最高益(純利益)を更新し続け、その強みなどは過去記事でも解説しています。

スペシャリティ化学も扱う製品によって命運が別れているため、今後は中身を精査して見ていく必要がありますね。

2022年も進められた事業再編

こうした経営環境の激変を受けて、今年も化学業界の再編が進められました。

基礎化学品で台頭する海外勢に対して、プラントも老朽化した日本の化学メーカーは価格競争において苦戦しており、国際競争力をかいた設備は収益確保が困難となるため各社生産からの撤退を進めているのです。

本年もフェノールで大手の三井化学は中国勢を中心とする新増設で事業環境が悪化したために、フェノールを製造するシンガポール子会社の売却を公表、グループ全体の生産量は31万トン減の64万トンとなります。

INEOS Holdings LimitedへのMitsui Phenols Singapore Pte. Ltd. の株式譲渡ついて

また住友化学もナイロンの原料となるカプロラクタムや祖業の一つである染料事業からの撤退を打ち出すなど、各社汎用品事業の縮小に動き、高付加価値製品への投資に舵を切っています。

ほかにも三菱ケミカルGは石油化学業界の再編を目指して、石化事業は2023年度をめどに切り離すとしており、具体的な道筋はまだ見えておりませんが、総合化学メーカーの横の連携にも注目したいですね。

なおこうした再編や買収により本年新体制が発足した企業も多く、ENEOSは2022年4月にJSRより全株式を取得し、エラストマー事業を含む子会社・関係会社を継承する新会社ENEOSマテリアルが事業を開始しており、石油元売によるケミカルシフトも進行しています。

同じく買収関係では2020年に日立化成を買収した昭和電工は2023年1月から持株会社体制に移行し、社名も「レゾナック・ホールディングス」に変更すると発表しました。

またセメント事業を移管した宇部興産はUBEに、持株会社制に区切りをつけた三菱ケミカルHDは社名を三菱ケミカルGとして4月から新体制が発足するなど、各社で構造改革が進められていますね。

海外勢力の台頭や地球環境問題、社会課題など化学メーカーを取り巻く環境の変化は大きく、そして早くなっているため、汎用品事業の構造改革を進め、高付加価値品への集中投資を図る選択と集中もスピードを速める必要があるのです。

2030年に向けた取り組み

最後に、2030年、2050年に向けた化学メーカーの取り組みも加速しており、特に近年のパリ協定やSDGsの潮流を受けたカーボンニュートラルへの動きは盛んです。

化学メーカーは石油を原料に用いることやエネルギー多消費型産業の側面もあることから、産業別にみると化学は鉄鋼に次ぐCO2排出産業であり、脱炭素化への圧力も強くなっているのです。

産業部門のCO2排出量(2016年度)(出典:環境省)

そこで水素やアンモニア、バイオマス燃料といった脱炭素エネルギーへの燃料転換、プラスチックを大量生産・大量廃棄する仕組みからプラ資源循環型経済への転換が求められているのです。

燃料の燃焼(経済産業省 エネルギー庁HPより)

例えばエネルギー面ではコンビナートの脱炭素燃料の受け入れ・生産・供給拠点としての活用が、資源循環ではENEOSと三菱ケミカル、住友化学と積水化学など企業の垣根を超えた協業が進められていますね。

こうした持続可能的な成長に主眼を置いた産業構造の大転換は企業として新たな進化へのチャンスでもあるため、各社の脱炭素に向けた取り組みについても長期的な目線で注視していく必要がありますね。

なお2022年は総合化学メーカー各社が新しい経営計画を公表しており、各社の中長期的な成長戦略については、過去の記事でまとめています。

2022年の総括

では2022年の化学業界を総括して終わりにしましょう。

コロナ禍からの経済回復や半導体バブルで概ねの企業が好調であった2021年と比較して、2022年は原燃料が高騰、世界経済の低迷に加えて電子材料も踊り場を迎えるなど、業界として大きな向かい風に直面、この流れは2023年も続くと予想されます。

化学メーカーにとってしばらく地合いが悪そうですが、一方で下方圧力にも屈せず成長を続ける企業も存在しますので、これからは個社分析の重要性が増してくるでしょう。

また長期的に見れば2030年に向けて企業の構造転換には確実に差が出てくると推測されますので、企業の経営戦略についても中長期的な目線で評価する必要がありますね。

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今回は総合化学メーカーと呼ばれる三菱ケミカルG、住友化学、三井化学、加えて旭化成、東ソーの5社を解説します。 事業内容も比較していますので、就活、転職、株式投資のご参考に良ければ最後までご覧ください。

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Youtubeのコミュニティに寄せられたコメントをテーマに取り上げ、化学業界を見通してみる企画です。

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