決算解説

【2023年3月期決算まとめ】ついに底打ちか、復活を目指す化学業界

各社の決算が出そろい始めましたね。

コロナ禍からの経済正常化や歴史的な円安を背景に、非製造業では過去最高益を記録する企業もみられますが、資源高や中国でのサプライチェーンの混乱などを受け、製造業は依然として停滞感が拭えない印象でしょうか。

そのような中、化学メーカーの業績実態や今後の見通しはどうなっているのか。

総合化学メーカー

まず総合化学メーカーの決算から解説します。

色々な定義がありますが、総合化学メーカーは川上の原料から川中の誘導品、最終化学製品まで手広く扱っており、その事業範囲も石油化学や無機化学、電子材料にヘルスケアなど多岐に渡ります。

特に石油由来の基礎化学品を手がけている点が特徴で、規模が大きく投資費用が巨額なエチレン設備を有し、川上工程からの一環製造や規模の経済を強みに各社事業を展開しています。

こちらがそんな総合化学メーカー5社の2022年度決算です。

国際会計基準の三菱ケミカルG , 三井化学, 住友化学はコア営業利益, ()内は前年同期比

売上高の首位は三菱ケミカルG、2023年3月期は17%の増収で4兆6345億円と過去最高を更新、続く住友化学、旭化成、三井化学、東ソーも前期は10%前後の増収を確保しています。

原燃料の高騰を受けて価格転嫁が進んだうえに、円安効果、石化製品の市況高騰などが寄与したとみられます。

一方で営業利益に関しては三菱ケミカルGを除き大幅減益となっていることがわかります。

前期はロシア情勢悪化などに伴い原燃料が高騰、下期からは世界経済の下方圧力を受けて需要も停滞するなど、需給の影響を受けやすい石油化学が売上の1〜5割を占める総合化学各社は利益を押し下げられてしまったのです。

なお増収増益で着地している三菱ケミカルGですが、医薬品のロイヤリティにかかる仲裁裁判の結果を受けた未計上分1259億円を一括計上した影響が大きく、実績ベースでは増収減益となります。

このように各社利益面では総じて苦戦していることが伺え、過去3年の営業利益合計の推移を四半期毎に見てみても、特に昨年後半から失速しており、三菱ケミカルGの特許料収入を除くと足元も停滞しています。

元データ; バフェットコード

実際に世界情勢の下方圧力を受け、サプライチェーンの上流に位置する国内ナフサクラッカーの稼働率は低下、昨年から好不況の境である90%を8ヶ月連続で割り込んでおり、3月実績は79.4%と11年ぶりの7割台にまで下落しています。

石油化学工業協会資料より作成

石化協は生産活動の回復の鈍さや、値上げによる個人消費マインドの冷え込みを要因に挙げており、今後も厳しい需給バランスが想定され、母数を減らす構造改革の機運も高まっていますね。

このようにマクロ経済の影響を如実に受けた結果、石油化学事業を抱える総合化学各社の業績は似ていますが、純利益項目を見てみると、各社に差が生じているのです。

こちらが各社の純利益を加えた表で、やはり各社二桁以上の減益となっているのですが、住友化学は前年比で96%の大幅減、旭化成は913億円の最終赤字となっています。

国際会計基準の三菱ケミカルG , 三井化学, 住友化学はコア営業利益, ()内は前年同期比

旭化成は米国ポリポア社の減損損失1864億が響き、 20年ぶりに過去最高となる最終赤字、住友化学も黒字は確保していますが、多額の減損損失により大幅減益となっているのです。

各社昨今の事業環境の悪化を受け、大胆なポートフォリオ改革を進めている状況で、詳細については過去記事で解説していますので、興味のある方はこちらもご参照ください。

さて、最後に今後の見通しについて、各社の予想をまとめたものがこちらです。

 2024年3月期 業績予想 決算短信より 国際会計基準の三菱ケミカルG , 三井化学, 住友化学はコア営業利益

今期、三菱ケミカルGと住友化学を除いた3社は増収増益を掲げており、三菱ケミカルGもロイヤリティ収入の反動を除いた実績ベースでは増収増益となります。

各社当期増益を見込んでいるようですが、そのような見立ての背景や、今後注目の企業などは次回の記事でまとめたいと思います。

今期好調であった企業、不調だった企業

続いては、前期特に好調だった企業と不調であった企業を取り上げます。

こうした向かい風を受けた結果、前期は赤字を計上した企業も散見され、帝人とUBEは営業利益で前年比7割近く減少、純利益も最終赤字と業績が大きく悪化しています。

2023年3月期 連結業績 決算短信より

帝人については自動車向け複合成形材料事業で計上した減損損失の影響が大きく、加えてアラミド繊維原料工場の火災や主力医薬品の特許切れなども重なり大幅な減益、UBEは移管したセメント事業やアンモニア工場の定期修理の影響も大きく受けています。

帝人は工場火災の復旧を前倒しで進め、すでに再稼働を果たすなど収益回復を着々と進行、UBEもセメント事業の業績回復などを見込み、今期は共に黒字転換の見通しとなっています。

2024年3月期 業績予想 決算短信より

なお決算期は異なりますが、レゾナックHDの2023年1〜3月期の連結最終損益は122億円の赤字へ転落、通期予想についても純損益が460億円の最終赤字となる見通しを発表しています。

レゾナック HDは総合化学でも半導体・電子材料に強みを持つのですが、昨年末から半導体材料は調整局面を迎えており、こちらは後ほど解説したいと思います。

このように事業環境が悪化すると、企業の弱みから業績に差が付いてしまうこともありますが、では厳しい経営環境であった前期においても、調子が良かった企業はどこなのでしょうか。

大手化学系企業としては、富士フイルム、信越化学工業、積水化学工業に日東電工などが増収増益を確保しており、中でも利益面では信越化学が規格外の数値で、稼ぐ効率に長けていることが伺えます。

IFRS適用;日東電工

ただ信越化学の好業績や今後の見通しについては、速報記事で解説していますので今回は割愛させて頂きます。

富士フイルムはヘルスケアなどが好調で売上高、営業利益、純利益いずれも過去最高、積水化学も高機能製品の拡販や売値改善が進み、こちらも経常利益・純利益で過去最高を更新、日東電工は円安効果や車載向け光学フイルムが好調で2期連続の最高益となっています。

これら企業は今期も増収増益を見込んでおり、成長領域や高付加価値品へのシフトが奏功した形でしょうか。

機能性化学メーカー

さて、大手を中心に化学メーカーの決算をみてきましたが、原燃料価格の高騰と市況の低迷が合わさりその経営環境は厳しく、景気循環の影響を如実に受ける汎用化学製品を中心に大幅減益となる傾向が見られました。

対して景気循環に比較的強いスペシャリティ製品は安定した業績が期待されます。

グラフで見る日本の化学工業2020(日本化学工業協会)

そこで、続いてはスペシャリティ化学に強みを持つ中堅化学メーカーの業績を業界別に見てみましょう。

まず電子材料業界です。

電子材料と一括りにいってもテレビをはじめとしたディスプレイに使用される液晶・有機ELパネル材料や、電子機器の頭脳である集積回路を製造するために使用される半導体材料、リチウムイオン二次電池などの材料となる電池材料など多岐に渡ります。

具体的な製品としてはシリコンウエハやフォトレジスト、偏向板、活物質にセパレーターなど挙げるとキリがなく、製品は多岐に渡るものの材料ごとに寡占度も高い傾向にあり、日本企業がグローバルに高いシェアを持つ分野でもあります。

今回は電子材料に強みを持つ化学メーカーを代表して、クラレ、JSR、東京応化、住友ベークライト、クレハを取り上げます。

クラレと東京応化工業は2023年1〜3月期決算  IFRS適用;JSR,住友ベークライト,クレハ

まずクラレは2023年1〜3月期で増収減益、JSRも2023年3月期は増収減益となっています。

クラレの主力商品である光学用ポバールフィルムやJSRの配向膜はディスプレイに欠かせない材料ですが、ディスプレイ市場の低迷を受けて販売数量は減少しているようです。

しかし長らく停滞していたディスプレイ材料も、中国での在庫解消が進んだことで需要の回復が期待されており、2024年のパリ五輪に向けて、テレビ向けの市況回復なども期待されますね。

続いて半導体材料に強みを持つ東京応化工業(1〜3月期)や住友ベークライトも増収減益であり、収益を牽引してきた半導体材料も昨年後半から減速、現在は踊り場を迎えています。

半導体業界は従来もこのような好不況を繰り返すシリコンサイクルに直面しており、需要の回復はディスプレイ材料より遅く、今年の後半以降と見込まれています。

最後に電池材料が伸張したクレハは増収増益ですが、前期に計上した減損損失の反動という面もあり、原燃料の高騰で、利益面では苦戦しているようです。

とはいえ脱炭素の潮流を受けたEVシフトが世界的に進行しており、バッテリーとして搭載されるLiBの市場も拡大、クレハが世界シェア4割を誇るLiBバインダーも中期的な成長性が期待されます。

LIB材料の世界市場(富士経済)

以上をまとめると、電子材料業界は液晶や半導体材料が調整局面、電池材料はEVシフトから市場成長への期待感がありますが、では農薬・ヘルスケア関係はどうでしょうか。

農薬はスクリーニングから販売までに10年以上の時間がかかることもあり、商品化の確率は0.0004%、宝くじの3等と同等程度とされるなど研究開発力が非常に問われる分野と言われています。

日産化学 個人投資家向け会社説明会資料

そんな農薬やライフサイエンス分野に強みを持つ4社の業績を紹介したいと思います。

まず日油はライフサイエンス事業のDDS原料で欧米への出荷が好調となり増収増益を確保、そして電子材料や農薬に強みを持つ日産化学はなんと10期連続で最高益(純利益)を更新しているのです。

日産化学の強みは新しいものを生み出す研究開発力にもあり、こちらも過去の記事で解説しています。

ADEKAは自動車や電子材料が不振で増収減益となっていますが、農薬をはじめとするライフサイエンスは大きく伸びており、海外での旺盛な農薬需要により、日本曹達も大幅増益となっていますね。

医薬や農薬関係は景気変動に強く、世界的に安定した需要拡大が見込まれる分野ですので、この業界は今後も堅調に推移すると推測されます。

まとめ

さて、いろいろな企業の決算を見てきましたが、最後に総括をして終わりにしましょう。

化学業界全体としては汎用品を中心に厳しい事業環境で、ディスプレイや半導体材料も調整局面となります。

足元ではディスプレイに回復傾向がみられますが、半導体材料や石油化学の回復は下期以降とも予想されます。

好調であった電池材料や農薬は落ち着きをみせますが、堅調な需要は継続すると考えられ、ヘルスケアも、長期的に底堅く成長が続くと期待されます。

このように化学業界は多様なジャンルの製品を取り扱うため、会社によって業績が全く異なることもしばしばあり、商品がどの分野なのか、サプライチェーンのどこに位置しているのかを意識しておく必要がありますね。

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今回は総合化学メーカーと呼ばれる三菱ケミカルG、住友化学、三井化学、加えて旭化成、東ソーの5社を解説します。 事業内容も比較していますので、就活、転職、株式投資のご参考に良ければ最後までご覧ください。

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Youtubeのコミュニティに寄せられたコメントをテーマに取り上げ、化学業界を見通してみる企画です。

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